37歳の女性が妊娠を希望し、流産の経験を記録。妊娠が確認されるも流産し、手術を受ける。自責の念や悲しみを感じつつも、この子を大切に思い、記録を通じて気持ちを整理しました。
悲しいですが、しっかり覚えておきたいので妊娠、流産の記録です。長いです。
37歳だし、娘2人も成長して楽になってきたし、旅行にも行きたいし…と思っていたけど、もう一人産みたい、できれば男の子も育ててみたい、コロナも流行ってて旅行にも行けないしやっぱり諦めきれないと思い、旦那に相談。そもそも1人でも十分と言っていた旦那だけど、私が望むなら…と。でも私もいろいろ心配もあったし、産むなら誕生日を迎える前に出産したいと思い1ヶ月限定での妊活。
最終生理は9月2日。ゆるくの妊活だったので、基礎体温も測らず、自然に任せて。もともと生理周期は30〜36ぐらいと長めだったけど、今回はさらに長かったようで、9月27日の最終行為で妊娠できたよう。
10月10日のフライングで、分解したら上の方だけにちょっと色が付いていて期待。10月13日、薄めだけど陽性の線が見れた。15日には判定線よりやや薄いぐらいに濃くなった。着床出血なのか茶おりが2日ほど微量あった。
10月27日、初診。上2人のとき、胎芽と卵黄嚢も見れた頃だったのに、5.8ミリの胎嚢のみしか見えずいろいろ心配に。妊娠5〜6週ぐらいでしょうねと言われる。
軽い食べづわり、強い眠気が始まり、仕事から帰るとヘトヘト。
2度目の受診は11月13日。胎嚢は22.8ミリで胎芽を確認。心拍が見え始めた頃だと言われ、順調ですよと言われたけど、胎芽はまだ測れるサイズではないと言われたこと、前回から2週間以上経っているのに6週0日の大きさだと言われたことが心配で、先生に小さくて心配だと質問した。先生からは、大きさよりも心拍が見えていることが重要だからとりあえず2週間待ちましょうと言われる。
受診の2日後、微量の茶おりが出る。内診の刺激によるものかと思い、様子を見る。少量だけどその後茶おりや赤い血混じりのおりものが続く。心配に思いながらも、排便時に増えることから、いろいろ調べて絨毛膜下血腫かなと思い、様子を見る。
11月20日、鮮血が出たため、妊娠しているけど出血もあり成長も遅くてどうなるかわからない、安静になるかも知れないし、突然休むかもしれないと上司に伝える。受診しようか迷ったが、子どもが預けられずなかなか身動きが取れない上に初期の出血はどうにもできないと思い、26日の受診まで待つことにした。
11月24日、実母に妊娠しているけど継続できるか不安だと報告。
11月25日午前、力仕事を代わってもらうため、直接迷惑をかける職場の人数人に現状を伝える。
午後、突然大量出血をした感覚があり、トイレにいくと出血とともにドロンドロンと大きな塊が2回出た。ダメだと確信し、早退。車に向かう途中どんどん出血するのでもう一度トイレに行き、また塊が出る。少しキャッチできたので確認したけど胎嚢らしきものはなかった。上司が心配して家族を呼ぶかタクシー呼ぶか聞いてくれたが、待つより自分で帰るのが一番早くて良いと思い、直接病院へ電話してから受診へ。運転中、陣痛のように定期的にお腹の張りを感じ、張るたびにドバドバ出血し、徐々に腹痛も強くなる。パニックにならないようになんとか慎重に運転して辿り着いたけど、昼用ナプキンでは足りるはずもなく、念のため敷いていた膝掛けまで血だらけ。
受診すると、1週間健診の親子がいて、辛かった。エコーを確認してもらうとほとんど出てきてしまっているけど、まだ残っているので緊急手術をすると言われる。着替えさせてもらい車椅子でオペ室へ。もともと血管は見えにくいけど、点滴をしようにもなかなか血管が見えず、看護師さんたちが焦っていた。先生から麻酔無しで吸引しますねと言われ、器具を入れられて痛みに耐える。痛すぎて痛すぎて、声が漏れる。もう今は何もしてないよと言われるけど、陣痛のような痛みがしばらく続いて辛い。処置が終わると痛みが落ち着き始めたけど、貧血で吐き気がする。車椅子で病室へ行けるか確認したけど、無理だと言ってストレッチャーで移動。30分ほど経つ頃には痛みはほぼなくなっていた。その後2時間点滴をしながら横になって休んだ。
病院で休みながら考えたこと。
思えば朝からキリキリした腹痛があったけど、便秘による張りだと思っていた。たぶん子宮の張りだった。気づいてあげてせめて一日受診を早めていれば、トイレに赤ちゃんを流してしまうことはなかったんじゃないか…3人目を授かれて嬉しかったけど、それと同時に金銭面や年齢による染色体異常のリスクなどに不安を感じたせいじゃないか…NIPTをして陽性が出たら上の二人を優先して諦めると夫婦で決めていたせいかもしれない…諦めるかもしれないのに成長を願っているのは親のわがままなんじゃないか…そもそも3人目を望む資格がなかったんじゃないのかな…せっかくお腹に宿ってくれたこの子のことを純粋に考えてあげられなかったんじゃないかと自分を責めました。この時期の流産は赤ちゃん側に原因があって防げることじゃないと頭ではわかっていても、この子がお腹にいると分かってから不安ながらも幸せだったのに、私は親として何も出来なかった。何かあった時に諦めようと決めていたけど、決心が鈍るかもしれない、罪悪感に耐えられないかもしれない、そんな私の気持ちを知って自ら命を終えた親想いの優しい子だったんだなと自分勝手な解釈をしてみたり。申し訳なくて申し訳なくて、泣くことすら許されない気がしてずっと泣くのを我慢してたけど、仕事を休んでるこの2日間、こうして記録を書くことで自分の気持ちも整理できて、やっと思いっきり泣くことができました。
何も出来なかったけど、何もしてあげられなかったけど、せめてこの子が我が家の第3子として確実に存在していたことをずっとずっと覚えていたいと思います。
とても長くなっちゃったけど、もしここまで読んでくださった方がいたらありがとうございます。
短い間だったけど、ママのお腹に来てくれてありがとう。
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コメント
ひまわりと青い空
子育てお疲れ様です。
なんと言葉をお掛けしてよいのかわかりません。
お悔やみを申し上げます。どうぞご自愛くださいませ。
はじめてのママリ🔰
私も先週流産し手術しました。
3人目でした。
我が家の場合、予定外の妊娠で陽性が出た時は産むことを考えていませんでしたが、旦那は産む一択でした。
帝王切開なのでオペの恐怖もありながら、頑張って育てよう‼︎と、気が早いですが車も買い替えをしました。
私も少量の出血もあり、胸騒ぎもしていましたが、出血がある人もいると聞いていたので受診はせず検診日に心拍の確認ができません。と、言われました。帰り、車で泣きながら運転して帰ってから旦那と号泣しました。今も子供達が寝た後は涙が止まらないです。枯れるほど泣いたのに……。私は気持ちの整理をつけるためにも水子供養に行こうと思います。旦那はまたほしい、来て欲しいと望んでますが、私は流産が怖いのと心拍が止まっているのに悪阻がある痛い手術をするのが恐怖です。
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おばけのバーバパパ
ありがとうございます。
はじめてのママリさんも、3人目のお子さんと辛いお別れをされたのですね。
水子供養されるの良いですね。我が家は、命日でもあり、外の世界に出てきた日でもある11月25日には、毎年ケーキを食べてずっと覚えていようね、と主人と話しました。
私はもう一度胎動を感じたり、出産してこの腕に抱いたり、、と夢を見てしまったので妊活への未練もありますが、妊娠していたときに現実として考えた高齢出産へのリスクや、お金の問題、生活の変化、流産するかもしれない恐怖を考えると、主人もその気は全くないし、私たちはもうこれで妊活はやっぱり終わりかなと思います。
はじめてのママリさんがもしまた次の妊娠をされたときには、無事に元気なお子さんを出産されることを祈っています。- 11月29日
うさこ
読ませていただきました。
今の状況と重なる部分が多く、帰宅中の電車で泣きながら打っています笑
わたしも今どうなるか分からない状況にいます。
無い物ねだりをしたわたしにバチが当たったのかもしれない、そう考える反面、3人目だからか(妊娠は4回目)少しドライな自分に引きます。
次の健診で分かるはずなので、あと少しの間になるかもしれない妊婦期間を噛み締めたいと思います🥰
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おばけのバーバパパ
コメントありがとうございます。
大丈夫ですか?不安ですよね…
あれから約1年経ちますが、未だにふと思い出しては自分を責めてしまったり、知り合いの妊娠・出産報告に素直に祝福できない自分がいたりします。
私も後悔する点はたくさんあるけれど、お腹にいてくれた期間はやっぱり幸せだったな、もっと楽しんでいたら良かったなと思います。
うさこさんの赤ちゃんはまだまだじゅうぶん可能性はあります。無事に出産できることは奇跡だとわかっている今、無責任なことは言えませんが、妊娠中の幸せを楽しんでくださいね😊
うさこさんの赤ちゃんは無事に育って出産されますように⭐️- 10月11日
おばけのバーバパパ
ありがとうございます。
今いる娘たちを今まで以上に大事に、優しく接しようと思いながら、現実はなかなか心に余裕もないですが…
数日間、ちょっとずつですが泣きたい時に泣いて、だいぶ心が落ち着きました。
ひまわりと青い空
私は夫に子どもはいらないと言われて育てることができませんでした。今は保育士として子どもたちと関わっています。
いろんな事がありますが私は「難がないのは無難な人生、難があるのは有難い人生」と言う言葉を胸に生きています。
いつか穏やかな日もきっと来ます。👊😄📢応援しています。