昨日、知的障害と身体障害を持つお子さんのお母さんとの出来事について相談です。障害の違いや相手の気持ちを考える難しさについて、皆さんはどう思いますか?
昨日ちょっとモヤモヤしたことがあったので聞いてください。
私は生まれつきの重度視覚障害者です。
昨日、出かけたついでにちょっと一休みしようと思い、ドトールに入りました。
せっかくなのでと桃のミルクレープとカフェラテを注文して(それ自体はどうでもいい話)席につきました。
それと、すぐ隣のテーブルのおば様に、
「失礼だけど、あなたは生まれつき?それとも途中から?」
と聞かれました。
ずいぶん唐突に、しかもいきなり障害のことを開口一番に聞かれるとは多少びっくりしましたが、時々障害者団体や福祉関係の仕事をされている方で、障害者に慣れている方もいて、気軽に聞いてくれることもあるので、まぁそんなとこかなぁと思っていました。
私は基本的にあまり人見知りをするタイプでは無いので、相手に悪い印象を与えるのも良くないと思い(与える必要もないですし)、いつも通り明るく話していました。
どうやらその方は、障害を持つ子供を育てるお母さんで、知的障害と身体障害を持っている重複障害者だと言うことでした。
今は、グループホームに入っていて普段は離れて暮らしていると言う事でしたが、支援学校に入っていた頃、先生だったり、学校に対してお母さんがあまり良い印象を持っていなくて、今でも障害者団体や支援者などあまり関わりたくないと言う様子でした。
そんな人はなぜ私に声をかけてくれたんだろうと思っていたら、私とは障害の種類は違いますが、支援学校時代にお世話になった先生の名前を出されて、その先生を私もたまたま知っていたので、そう答えると気をよくしたみたいで、どんどん話しかけてきました。
それでも初対面なのに、
「あなたは幸せでいいわね」
と言われて、悩みなんてなさそう、あったとしても、小さな悩みよねと決めつけられるような言い方をされました。
正直いろいろありましたが、初対面のこの人に話す必要もないと思って苦笑いしておきましたが、さらにそのおばさまは
「うちの子なんて声を出す事はあっても、自分の意思を言葉で伝えることができないし、歩けないし、あなたは目が見えないかもしれないけど、歩けるししゃべれるしいいわよね」
と言いました。
確かにそうかもしれないし、私がその子の親でも他の障害者の人を見ていいなぁと思う事はあっても、口に出したら相手の人が困るだろうし自分の中で思ってるだけに留めると思うんですけど、私もそれに対してなんて返していいかわからず、すごくモヤモヤしました。
なんというか、比べる対象が違いすぎるというか比べても仕方がないと思ったんですよね。
もしかしたらお母さんはしゃべって欲しいとか歩いて欲しいと思ってるかもしれないけれど、そのお子さんは、そのお子さんなりの幸せを見つけて暮らしているかもしれないし、逆にお母さんにもわからない大きな悩みや苦しみを抱えているかもしれません。
私は目が見えないけれど、車椅子の人は足が悪いってだけで目が見えるし、好きなところに行けるからいいよねって言ってるようなものですよね。 (もちろんそんなふうにには思いませんが)
でも、やはり無いものねだりしてしまうのは当たり前なのか、私がモヤモヤするのは間違ってるのか、ちゃんと話を聞いて相手の気持ちになればよかったのかとまた違うモヤモヤも出てきました。
考え方もそれぞれあると思いますが、皆さんはどう思われますか?
- 初めてのママリ🔰(2歳2ヶ月, 8歳)
コメント
はじめてのママリ🔰
相手の方がとても失礼だと思います。
人それぞれ悩みはあって、それで沢山辛い思いや苦労をしてきてます。
喋れない動けない方と比べたら幸せ、と言われたら、もうそれ以上その人の苦悩は黙るしかないですもん。
モヤモヤして当たり前の感情だと思います。
はじめてのママリ🔰
結局のところ、お相手の方がこんなにも苦労してるよ〜を吐き出したかったのかもしれませんね😅ママリさんが優しい方だったので吐き出しやすかったのかも知れません💦ただ、本当に失礼な方ですね😭
-
初めてのママリ🔰
コメントいただきありがとうございます。
その方は朝の9時半から私が入店した14時過ぎまでずっとドトールの同じ席に座ってたみたいで、お仕事してると言っていましたが、そこでできる仕事と言う事は、会社に出勤しなきゃいけないわけでもなく、きっと家でもできる仕事だったんでしょうけど、障害者について語り合いたかったかどうかは別として、誰か話し相手が欲しかったのかなあと思いました。
ドトールの小さな丸テーブルが並んでいるところの一鶴で隣同士だったので、無視するわけにもいかず、話を聞いていたら、いつの間にか1時間以上話していて、夫が迎えに来てくれたと連絡が入ったので、何とか切り上げてお店を出ることができましたが、のんびりしに行ったのに疲れて帰ってきました。
私は普段依頼があれば、時々学校や企業などで自分の障害の状態とどんなふうに生活しているかと言うことを話しているのですが、今なんて特に子供の小学校の友達なんかは低学年だし、自由もついて子言葉も巧みでそれでいて言いたいことを言ってくるので、結構嫌なことも言われたりするんですけど、だいぶ免疫がついてきましたが、障害児を育てたことがあるお母さんだからと言って初対面だし、ちょっと入り込みすぎじゃないかなぁと思ってしまいました。
支援者や障害者団体を気ぎらっている感じだったので、きっと今まで自分1人で頑張ってきたんでしょうね。
同じ障害者といっても状況は違いますし、その人の気持ちが100%わかるわけでもないですし、大変なんだろうなぁとは思いましたが、返答に困ってしまいました。- 8月10日
あかり
決めつけられることへのモヤモヤはわかります。
障害の有無関係なく、幸せだとか可哀想だとか、初対面で自分のこと知らない人に言われたら嫌な人もいると思います。
ただ、自分の意思を伝えていける力があるという意味では、重度の知的障害がある人よりは幸せだろうというのは一理あるかもしれません。
ママリのアプリもラジオも、スマホという媒体を通したら目が見える見えないという障害の有無などわからないです。対等に語り、意見を言い、回答を得るだけの力があなたにあるということは幸せでしょう。
晴眼車でも精神を病み、人との関わりを断つ人もいますしね。
ひとやすみするはずのドトールで。見知らぬおばさんの話をきくことになり、モヤモヤしちゃったのはお疲れ様でした。
ゆっくりしたいときは、、、
すみません、今1人でゆっくりしたいので、、、って伝えても良かったのかもしれません。
慣れているとはいえ、移動は疲れること、そのおばさんには分からなかったのかもしれませんね。
私だったら話をきかされた、って感じでモヤモヤしちゃうかもです。
モヤモヤは間違ってないです。
比べようがないものを比べるより、今あるものに目を向けて、幸せを感じていく生き方ができていればそれでいいのだと私は思います。
初めてのママリ🔰
コメントいただきありがとうございます。
私自身、普段は、学校や企業などで、自分の障害についてどんな生活をしているか啓発活動をしているので、いろいろなことを聞かれることには慣れています。
それにやはり子供も大人もはっきり口にこそ出さないけれど、障害=大変=不幸とまでは言わないけれど、あまり幸せではないと言う印象を持たれている方が多いように感じます。
だとしても、それを本人ではなく、周りが決めることでもないですし、自分が幸せに生きていると思えていれば、それでいいのかなと私は思ってきました。
私、基本的に性格が明るいので、今までにも何度か悩みなんてなさそうとか、泣くことなんてないでしょうなんて言われたことあるんですけど、そのたびにモヤモヤしました。
そして、何か仕事などの関係で少しずつ親しくなっていったのであれば、ともかく、初対面でそこまで言われちゃうとかなりモヤモヤしました。
私は自分も障害者ですけど、障害者と言う1つの括られ方をしてしまうと、実は他の種類の障害の方の実態なんてほとんど知らないんですよね。
同じ視覚障害であっても、見え方もその人がいつ見えなくなったかとか、どれくらいのことができるのかと言うことも含めて、同じなんて、人は全然いないので、わからないことの方が多いです。
そりゃ私自身も今より見えるようになったほうが生活も楽だしいいなとは思いますが、夫や子供の顔だって見たいと思いますが、だからって、そればかり望んで生きていたら、自分の存在が辛すぎるので、今ある環境の中でどう幸せに生きていくかと言うことをなんとなく考えながらたくさんの人に助けてもらいながら生きているって感じですね。
きっとその方も今までお子さんのことで一生懸命頑張ってきて、今は離れて暮らしているとの事だったので、少し疲れが出てきてしまったのかもしれませんね。
共感していただいてありがとうございました。