思いを書きとめます。1人目の女の子が 子宮内胎児死亡で なくなって 分…
思いを書きとめます。
1人目の女の子が 子宮内胎児死亡で なくなって 分娩した日から、今日でまるまる1年たちました。
あの子の お誕生日なんです。
もう1年なのか、まだ1年なのか わかりません。
稽留流産、化学流産も経験し辛かったですが、分娩で 陣痛おこして 産むというのは 比較にならない 悲しさでした。
この世にこんな悲しいことがあるのか?とおもいました。
前日の 出血後、入院になりましたが、エコーでも ハッキリ 元気に 小さい手足を動かしている姿を見て 可愛いな〜と 思っていたのです。
次の日の夜に生理みたいな 腹痛で 自分から エコーしてほしいと伝え、 当直の先生が 念入りにエコーしてる時は、嫌な予感がしました。
画面見せられたとき、まったく動かない赤ちゃんが 見えて、事態が把握できて 泣くしかできず、面会から 家に帰ったばかりの旦那に 病室から泣きながら 電話し、旦那も飛んできてくれました。
翌日、昨晩のことは間違いだったと いってほしいと思い、また エコーしてもらいましたが、やはり 赤ちゃんはピクリとも動いてなかった。夢じゃなく現実でした。
ラミナリアで処置がはじまり、翌々日、点滴で 陣痛をおこして 14時すぎに 16㎝の小さな 我が子に 会えました。
亡くなって悲しいのに、赤ちゃんが 出てきた時は 顔を見られて可愛いくて とても愛しくて 守ってあげたい気持ちにさせてくれたり ただ悲しいだけの気持ちとは全然違う 神聖な気持ちになりました。
もう動かないし 泣いてくれないけど 看護師さんが わずかに出た母乳を シリンジで飲ませてくれたり、手形・足形を取ってくれたり、小さな服と帽子を着せてくれたり。
顔も 小さい手足も 爪も 見てるだけで可愛いくてたまらなかった。
正直いうと、お腹から出すのも嫌だった。亡くなったとわかっても、お腹にいてくれたら ずっと一緒にいられる気がして。でも、そんなことは 赤ちゃんのためにもならないし 綺麗な状態でうんであげたいから 早めに うみました。
胎盤もすべて 子宮内に何も残すことなく 赤ちゃん出てきてくれて ほんとに おかあさん思いの子だね、と。
おかあさんが 痛い処置なにもせずにすむように でてきてくれて 賢い子だね、と 看護師さんに言ってもらえました。
分娩の翌日退院し、昼から 一晩 我が家で 家族3人で過ごし、写真もたくさんとり、寂しくないように 折り紙、てがみ、ぬいぐるみも 横に入れてあげて、火葬当日は 朝から 旦那と一緒に お花を 隙間がないくらい 沢山 飾り付けました。
朝一の火葬なら、温度が上がりきってないから 小さい赤ちゃんでも 骨が残るかもしれないと聞き、朝一予約しておいた 火葬場に向かいました。
火葬する時は、焼いてしまうのが イヤで 仕方なかったです。大人なら 大きな棺桶だけど、赤ちゃんの棺桶は 小さくて 台の真ん中に ちょこんと 置かれていました。
あんな小さいのに 同じように 焼かないとダメなのか、熱くないかな、、、骨までぜんぶ亡くなってしまったら どうしよう、、、と。
でも、あまりに私が泣くから赤ちゃんが心配してくれたのか、腕や大腿骨、肋骨も 形のままを残してくれて
家に 連れて帰ってあげられたから、今も 骨壷の横に、お骨ペンダントとして 御守りみたいに 外出時は 身につけてます。写真は すぐに現像しに行き、アルバム作りました。命名表も買って来てもらい、写真と名前と うまれた日時を書き、骨壷近くに飾っています。
できることはなんでも したくて、半分は自分のために千羽づるをおりました。
テレビも見られなかったし、仕事も辞めてしまい、結局半年は引きこもっていました。旅行に連れて行ってもらっても その間は 元気になれず、なにを食べても 美味しくなかった。
お空で 悲しんだり苦しんだりせずに、ニコニコ笑って楽しくすごしていてほしい。そう思うと 泣いてばかりいてはダメだなと思いましたが、でも しっかり向き合って 沢山泣いてからでなきゃ 前も向けないし、泣くことは大事ですね。気のきいた言葉を言おうとしてくれる人がいたけど、会いにきてくれて 一緒に泣いてくれたり、アルバム見て可愛いね、と言ってくれたり、そんな 友だちに 救われました。 時間も必要ですし、ムリに元気出さなくて良いとおもいました。
妹か弟がうまれてきたら お姉ちゃんがいたんだよ、いつも見守ってくれてるんだよ、って 話していきたい。
意味があって 1度 私たちのところに来てくれた、と 言われました。不妊治療で何年も 悩んでいたから、私が 妊娠できる体だと 教えにきてくれたのかもしれません。
仕事しながらは 私の身体にはキツイから仕事辞めて治療に専念して、と言いにきたのかもしれません。
ほかに病気があるかもしれないから 検査受けて と伝えにきたのかもしれません。
また 本人が戻って来てくれたのか、本人は空からお腹の子のことを見守ってくれているのかは わからないけど、 夢でも 会えるなら お話したいなあ、なんて いつも思います。
いつも 私たちを見守ってくれている気がします。
私たち夫婦に 幸せな気持ちをくれて、母親にしてくれてほんとにありがとう。
ずっと一緒だよ。大好きだよ。下の子がうまれてきたからといって、あなたの存在は薄れないよ。
今は抱っこしてあげられないし、まだ 何十年か先になるかもしれないけど 会いにいくから 待っててね。
- まーこ(5歳7ヶ月)
コメント
イチゴ
ごめんなさいシンプルに文呼んで泣きました車で号泣です。
ゆまる🐕
通りがかりました。
読んでて泣きました。
とてもつらい経験をされたのですね。
ほんとうに、おかあさん想いの子ですね。
おかあさんがほんとうに心からだいすきなんですね。
娘さん。
おっぱい美味しかったと思います。
ぬいぐるみを抱きしめて、天国で神様に読んでもらっていることと思います。
年数は関係ないと聞きました。
私も最愛の家族を病気で亡くしました。
無理に前を向く必要はないと思います。
たいせつな今日をお過ごしください。
偉そうにすみません。
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まーこ
ありがとうございます!
私は なにもしてあげられなかったのに亡くなる時には 私が痛がったり 悲しかったりするのを最小限にしてくれた優しい子でした。
今日は旦那に お花を買ってきてもらうことになってます🌸- 9月25日
まーこ
ありがとうございます。
去年の今頃は…と 昨日も旦那と話していました。