
備忘録です。自分が納得のできる卒乳、断乳のために。我が子が生まれて…
備忘録です。
自分が納得のできる卒乳、断乳のために。
我が子が生まれてもうすぐ1年2ヶ月。
わたしは母乳分泌がすごくいい体質、我が子は食いしん坊で飲むのが上手で、産後3-4日目にして50ml母乳を飲めるようになり、助産師さんからもママと赤ちゃんの相性がいいね、この調子で頑張ってねと言われて退院。
すでにこの時点で搾乳機で100くらいとれるようになり、子の飲める量を上回っていた。
退院して里帰りのため実家に滞在、産後10日で片乳で160もとれるようになり、子どももたくさん飲んでくれ、順調だと思っていた。
ところが、過剰分泌だったのと噛まれた箇所にバイ菌が入り、化膿性乳腺炎に。
おっぱいがどんどんしこり、寒気と頭痛で一気に40度まで上がった。産院に電話しても、痛みを我慢してとにかく飲ませろしか言われず、激痛で泣き叫びながら授乳していたが、熱も下がらないし限界になって受診。
桶谷のマッサージが陣痛の次に痛く、針で刺され、緑色の大量の膿が出てきた。
化膿していたのに葛根湯と痛み止めしか出ず、その時は抗生剤をもらえなかった。
帰宅後も症状変わらず、実母が見かねて訪問型の助産師さんを探してきてくれた。
その助産師さんは今でも私にとってとても頼りになる存在で、この時もこの助産師さんに救われた。
産院のやり方や、出された薬では全く効果なかったが、その助産師さんが痛みのない手技で根気強く膿を出してくれ、抗生剤を出してもらえるように働きかけてくれて、労いの言葉をたくさんかけてくれ、産後10日で40度の熱が何日も続いていて赤ちゃんのお世話を全然できなくて苦しかった私にとっては、泣けるくらいありがたかった。
その後乳腺炎はおさまり、そこからは母乳分泌をコントールするやり方、上手な飲ませ方をたくさん教えてくれた。
子どもが3ヶ月の終わりの頃、今度は乳腺炎をやった方とは反対のおっぱいに違和感と痛みが出始めた。
でも乳腺炎とは違う様子で、痛みに耐えながらなんとか授乳していた。
その矢先、夫がコロナにかかり、4ヶ月になった子どもにうつった。
結局私も途中で発熱したが、どうせコロナだし病院に行ってる時間もなかったので、38度の中、おっぱいも痛むけどとにかく1人で子どもの看護に努めた。
いつもはミルクを160-180くらい飲めた子が、コロナで20くらいしか飲めなくなり、そのうち哺乳瓶を拒否し出した。このままだと入院になるかもしれないと言われたが、母乳は食らいついてくれた。
とにかく水分をとってほしくて、新生児の頃のような間隔で頻回授乳した。この時点でおっぱいは授乳するだけで涙が出るくらい痛かったし、熱でしんどかったけど、とにかく脱水にさせてはいけないと思って夜中も1-2時間おきに授乳した。
コロナ明け、助産師さんに診てもらうと、ひどい白斑ができており、乳口炎になっているということだった。
しかもなかなかしつこい白斑で、もしかしたら卒乳まで付き纏うかもしれないと言われた。
実際本当に痛みが引かず、そのうち自分も熱を出していたことと、看病疲れでリンパが腫れ、乳腺炎を再度やった。
生後すぐの乳腺炎から始まり、なんでこんなに母乳トラブルが多いのだろう、出ない人も大変だが、出過ぎる人にだって悩みはある、もうこんなんなら完ミにしたいと心が折れていた。
そんな頃、宮崎で大地震が起き、南海トラフの注意喚起が出された。
私たちの住む地域は南海トラフをまともに受けるところで、赤ちゃんのための防災用品を買いに走り回った。
そうしたら、ほほえみの缶ミルクはもうどこにも売っていなかった。離乳食だって始まったばかりで水分も麦茶や水を嫌がり、この子にとっての生命線はやっぱり母乳しかないのだと思って、なんとか母乳育児を続けようと決めた。
その後、紆余曲折ありながらも、離乳食は順調に進み、ミルクや母乳を大食らいしていた我が子はやはり大食いで、見る人に驚かれるくらいにご飯を食べる1歳児に成長した。
おっぱいとミルクは10ヶ月の頃から寝る前の1回のみになり、卒乳の時期を悩んでいた。ミルクは色々あって1歳1ヶ月で急遽卒業。おっぱいの後にもらえると思ってもらえなくなって3日ほどは怒って泣いたがそのうちに慣れておっぱいだけで寝られるように。
本当に今度こそ卒乳だけが問題だなと悩んでいたところで、色々自分のメンタル面で調子が悪くなってきた。
ずーっとワンオペのところに夫と大喧嘩、それ以降急なパパっ子ブームがきて、心が折れてしまった。
あまりに悲しくて、自分の怒り散らしてる姿や喧嘩を子どもに見せたことにも罪悪感があって、色々溜まっていたものが爆発して、初めて1日だけ家出してビジネスホテルに一晩泊まった。その日の夜は夫が寝かしつけてくれたらしいが、初めておっぱいのない夜になり、1時間以上泣き続けていたそうだった。
そして、その晩に、妊娠中からずっと我慢していたiQOSに手を出してしまった。
なんとか思い直して家に帰ってきたが、しんどい気持ちは変わらず。
子どもが寝入った後に夜に外で少しだけ吸い、また24時間あけて授乳するようになって今日で2日目。
どんなに時間をあけても気になるものは気になる。というか、卒乳してから吸おうと決めていたのに順番を間違えてしまった。こういう面でも母親失格だな、と自分でもわかっている。
でも、これがもう潮時なのかもしれないと思った。
もう栄養も水分もミルクや母乳からではなく、3食たくさんご飯を食べ、麦茶もごくごく飲んでくれるようになった。
あとは、お互いにとって気持ちとタイミングの問題と思っていた。
「そんなにパパがいいなら、そっち行けばいいじゃん
母乳出るってことだけでママがいいの?そんなんなら授乳なんかしたくない」
こんな腐った拗ねた気持ちもあったけど、それだけでやめたら一生後悔すると思った、
ちゃんと自分で納得してやめたいし、我が子にはおっぱいではなく別の寝る前の儀式やルーティンを見つけてあげてから、やめたい。
今の私にとって子どもが寝た後の一服はなんとか気持ちのバランスを保つために必要なもの。
だけどそれが母乳を通して子どもに悪い影響を及ぼす可能性が否定できない以上、今がタイミングなのかもしれない。
弱くて、未熟なお母さんでごめんね。
妊娠中に始まって約2年ずっと我慢してたし、きちんと卒業までは禁煙していたかった。
少し順番は前後してしまったけど、そろそろ卒業かなと思うよ。
生まれてからずっと、お母さんのおっぱい飲んでくれてありがとう。痛くて泣きながらあげた時も、眠くて眠くてたまらない時も、遊び飲みが始まってニヤニヤ噛まれて腹が立った時も、本当に色々なことがあったね。
それでも、一生懸命飲んでるその横顔や、私にしがみついてる手がとてつもなく愛おしくて大切で、本当は煙草吸いたかったし、眠たかったし、痛かったけど、そんなの全部どうでもよかったんだよ。
そろそろ卒業だね。
おやすみの絵本、新しいの買おうかな?
1歳2ヶ月になったら、卒業にしようか。
お母さんが切なくて泣けてしまいそうだけど、おしまいにするね。
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