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はじめてのママリ🔰
ココロ・悩み

流産や死産、同じような経験をされた事のある方がどのように乗り越えま…

流産や死産、同じような経験をされた事のある方がどのように乗り越えましたか?
自分では気持ちの整理の仕方が分からず初めて質問をさせて頂きます。(※長文です)

※否定的なご意見の方はどうかスルーをお願いします。


自然妊娠で授かった命を9週で流産、その後約3年間の不妊治療の末授かった大事な息子を、20週1日目に臨床的絨毛膜羊膜炎、前期破水、子宮内感染のため、母体保護法による中期中絶の処置を受け出産しました。

お腹の張りが気になり少し早めて行った前日の検診では問題ないと言われていましたが、15週6日にピンク色の水っぽい出血があり病院に行くと絨毛膜下血腫の疑いと炎症の数値が高いこと、前日の検診から羊水が減っているように見えるということでそのまま入院となりました。

破水の検査でははっきりとした陽性が出なかったこともあり産院で数日様子を見ていましたが、入院5日目の診察で羊水過少、破水の検査もうっすら陽性、慢性早剥羊水過少症(caos)の疑いもありその場合は予後も悪い。クリニックであったためそこではこれ以上の治療は出来ないということで、22週以降であれば救命もnicuのある子供医療センターへ転院しました。

そこでも血腫ははっきりしないけど、炎症の数値も高く、前期破水の疑い、羊水過少症まではいかないが羊水は少なくcaos の可能性は否定できないと診断を受けました。
抗生剤の点滴のおかげで数日で炎症の数値も下がり安定して退院の話しが出たところで、再び水っぽい出血と張り。破水の検査もはっきり陽性。エコーを見るとほとんど羊水がなくなっていました。

先生はこの時期の羊水過少は肺低形成のリスクが高いし、たとえ22週を超えたとしても積極的な延命措置をしても可能性が低いこと、通常はこの状態だとすぐお産の兆候も出てくるはずで正直厳しいと診断を受けました。

それでも羊水がない狭いお腹の中でも元気に心臓を動かし、おしっこをして羊水を増やそうとしている赤ちゃんの姿を見るとまだ生きたいと言っているようで、私もこの子が頑張っている限り諦めたくないという思いが強く、後遺症も受け入れる覚悟と、状況が好転し奇跡が起きる事を信じて先生の中絶の進めも断り続け20週まで粘りました。

しかし出産する数日前から白血球の数値が20000を超え、炎症の数値も急激に上がり、寝返りも打てないほどの腹痛に襲われました。そんな状態でもどうにか22週まで頑張りたかった。

でも先生はこれ以上は母体が危険、明らかな腹膜炎の症状もありこのまま妊娠を継続しても赤ちゃんも苦しいし、子宮のダメージも相当大きくなる為すぐお産にしましょうと言われてしまいました。

まだお腹の中で頑張って元気に生きているのに、こんなお腹でも週数以上に大きくなってくれてるのに、こんなに強い子なのに、私のせいで無理やりお腹から出さないといけないなんて。そんなこと1ミリも望んでないのに書類上は人工中絶。処置を受けるには同意書にもサインをしなくてはいけない。
腹膜炎の痛みも強く、お世話になった先生の説得に応じて諦めてしまったのは私だけど、出産した今でもあの同意書サインをしなければ、あんな状況でも私が諦めなかったらまだ息子はお腹の中にいられたのかもしれないという思いにどうしても駆られてしまいます。子宮口を広げる処置をしても、陣痛促進剤を使っても心拍を弱める事なく出産する直前まで元気な心音を聞かせてくれた強い我が子だったからこそ、タラレバで自分を責め、何も無ければきっと元気に生まれて来れただろうにと思ってしまいます。

昨日火葬も済ませいってらっしゃい、またママのお腹の中に戻って来てねと送りだし、前を向こうとしましたが、どうしても自責の念に苛まれてしまう瞬間があります。
息子だってそんなことを望んでないことも、息子が命をかけて守ってくれたこの身体を大切に感謝しなくちゃいけない事も頭では分かっています。

本日退院後初めての診察でした。
今のどうしようもない気持ちを先生や助産師さんに話すと、『あの時同意書のサインをしなくてはいけなかった辛さもあっただろうし、今も自分を責めちゃう気持ちもそれが1番お母さんにとって辛い事だった事もわかるけど、今回こうなってしまったのは赤ちゃんが次へ向かうチャンスを残してくれた、今順調に回復しているのも赤ちゃんがお母さんが頑張れる余力をしっかり残してくれたんだって思う』と言って下さり心に染み渡りました。

1ヶ月の入院も陣痛の痛みも息子を思えば辛くはなかったです。息子が命をかけて守ってくれた身体を大切に、感謝しながら自分で乗り越えなくてはいけない事は重々承知しております。ただ自分の今の気持ちを吐き出したかっただけなのかもしれません。

こんな長文を読んでくださる方もそう多くはないかと思いますが、お話出来たらと思います。
よろしくお願いいたします。

コメント

信濃川ゴリミ

流産や死産は経験していないのですがはじめてのママリさんのお辛い気持ちを考えるとコメントせずにはいられませんでした。
今はほんとにほんとに辛いと思います。
私なんかがどうお声かけさせて頂いても決してお気持ちが楽になる訳では無いと思いますが、いつかまた息子さんが戻ってきてくれることを心から祈っています。
信じていればきっと明るい未来が来ると思います。
どうかご自身を責めないでください。

  • はじめてのママリ🔰

    はじめてのママリ🔰

    ご返信ありがとうございます。
    いつかまた戻って来てくれるようにと意味を込めて付けた名前も一緒にお空へ持っていってもらいました。息子にもその想いが届いているといいなと思います。
    今は先の見えない悲しみの中にいますが、いつかゴリミさんが仰ってくださったように明るい未来が来ると信じて前を向きたいと思います!
    ありがとうございます♡

    • 12月24日
るなち

稽留流産経験が2回あり、2回とも手術しています。
初期だったので、20週の死産は比べ物にならないくらいつらいのだと思います。。
一晩中泣いたのは人生で初めてでした。
私の子は先にお腹の中で亡くなってしまったけど、まだ生きてるのに、お腹の外では生きられないのに産まなければいけないなんて、本当につらかったですよね。
でも、赤ちゃんもお母さんも本当によく頑張ったんだなと読んでて思いました。
体お大事にしてください。
ご自分を責めないでほしいです。最後まで息子さんの命を諦めなかったですし、本当に立派なお母さんだと思います!

私は流産後に2人産みましたが、乗り越えられてないと感じています。
何のトラブルもなく、産まれてくるのが当たり前という振る舞いをする人に対してはイライラし、人と自分は違うのになんでこんな感情になってしまうのかと自己嫌悪です。
今は赤ちゃんにお別れしたばかりですし、産後のホルモンバランスの崩れもあり余計に不安定でつらいですよね。
無事に産んでも急に不安になって毎日泣いていました。

きっと息子さんはお空から、ママありがとうと見守ってくれていますよ😊

  • はじめてのママリ🔰

    はじめてのママリ🔰

    ご返信ありがとうございます。
    私も1人目の流産は稽留流産で掻爬手術でお別れをしました。その時もたくさん泣きました。辛いですよね。
    悲しみの大きさは比べるものではないし感じ方も人それぞれなのだと思っていますが、私にとって今回のことはこれ以上ない悲しみで、全てを背負わせてしまった息子に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
    るなちさんが息子の頑張りを認めて下さり元気に産んであげられなかった私を母と認めて下さり本当に嬉しく思います。ありがとうございます。

    息子が生まれてから火葬するまでの1週間は、本当にあっという間で儚くて夢のような時間でした。退院するまで同室で過ごし、お空に行くまでの間に息子の為に出来ることを考えぴったりサイズの帽子を編んだり洋服を作ったり、沐浴をさせてもらったり。週数が浅いながらも母乳もしっかり出て与えることが出来ました。退院してからおうちで過ごすわずかな時間も可能な限り離れず寝る間も勿体無いと感じ一緒にベッドで過ごしたり、朝日を一緒に見たりしました。その息子と過ごせたかけがえのない1週間は悲しみの中にいながらも、とても愛おしく幸せな時間でした。
    お骨もしっかり残して旅立ってくれてとことん親孝行な息子だと思います。
    何一つ忘れたくないのに記憶が遠い記憶になる事が、私を置いてただ時間が過ぎていってしまう事が悲しいと今は感じてしまいます。

    命を授かる事、出産まで無事に辿り着ける事は本当に奇跡で、生まれてからも不安じゃない日はないんですね。

    るなちさんの優しいお言葉に涙が出ました。るなちさんのお子さんは優しいママを持って幸せですね♡

    愛する息子がお空で元気に過ごせているよう願うばかりです。
    ありがとうございます。

    • 12月24日
もも

おはようございます。
はじめてのママリさんのお気持ちさぞ辛かったとお察しします。読んでいて涙が止まらなくなりました。息子さんもお母さんも懸命に生きただけなのに、それだけなのに。。
お母さんだけが生き残ったことは、本当に、意味のあることだなと感じました。これからは、もうずっと1人ではないと思いますよ。ずっと息子さんと一緒の人生だと思って歩んであげていってください。
私なんかの言葉が何の慰めにもならないかもしれませんが、どうかはじめてのママリさんが少しでも前を向いて息子さんと一緒にこれからの人生を歩んで行ける日が来ることを心の底からお祈りしています。強い息子さんがお腹の中に来てくれたこと、ずっと忘れずにいてあげてください。

  • はじめてのママリ🔰

    はじめてのママリ🔰

    ご返信ありがとうございます。

    先生がお産の決定を下した時、子宮口を開く処置も炎症を悪くするリスクがあるし、炎症で脆くなった子宮が陣痛促進剤に耐えられず子宮破裂を起こしたり子宮を諦めなくてはいけないリスクだってあるけど、このまま妊娠継続する方がリスクが大きいと説明され子宮を失う恐怖に負けてしまったのかともっと息子を信じて諦めなければよかったと思ってしまう気持ちは後悔として残りますが、先生が懸念していたリスクからも守ってくれ、更に出産したと同時に嘘みたいに炎症の腹痛が治り全てを息子が持っていってくれたんだと思わずにはいられませんでした。

    私を命懸けで守ってくれた息子にはありがとうじゃ足りないくらい深く感謝しています。
    そらママさんが仰るように、夫も息子の為にもこれから自分たちがいい人生を歩む。それが使命だと言っていました。
    守ってもらった身体を大切にしまたいつか息子が私の元に戻って来てくれたら嬉しいです。今はそう信じています。

    私の中で生きてくれた頑張り屋の可愛い息子のことは一生忘れません。

    そらママさんのお言葉嬉しかったです。
    ありがとうございました。

    • 12月24日
  • もも

    もも

    どうぞお身体お大事にしてください。ゆっくり休んで、また幸せが訪れることを祈っています。

    • 12月25日
あんず

はじめまして。
私も初めての妊娠で流産。
その次に授かった子は11週のときに浮腫が見つかり、16週まで待って羊水検査をした結果、21トリソミーだと分かり、19週で人口死産しました。
3回目の妊娠で、やっと今いる娘に会えました。
不快な思いをさせてしまったらすみません。障害のある子の人口死産に対して様々な意見があるのは承知です。あくまでも私の経験、思ったことです。
羊水検査を受ける前も、その結果を待っている間も、もし陽性だったら諦めようとずっと思っていました。
それでも実際結果を見たとき、正直すごく迷いました。
それまでまだ胎動もなく、お腹に子供がいるという実感も少なかったというか、どこか現実的ではなく感じていたのですが、紙にXxの表示があり、性別が女の子だと分かった瞬間、不思議となんだか急にお腹の中に「かわいい我が子がいる」という気持ちが湧いてきたのです。
でもやはり結局は障害がある子を育てる勇気が私にはなかったのです。
そして人口死産を選択しました。
自分のせいです。赤ちゃんはなにも悪くない。
私も赤ちゃんに対する申し訳なさを思うと、陣痛の痛みなど大したことないと思いました。
そのときは涙を流す資格もないと思いました。
出産後はしばらく実家にお世話になっていたのですが、なにもしたくなない、なにも考えたくない、という感じで、でもなにもせず横になっているとどうしても赤ちゃんのことを考えてしまい、私はずっとすごく難易度の高いジグソーパズルをやり続けていました。
今だから言えるけどあのときはちょっと異常だった、と母にその後言われるほどでした。
たぶん軽く鬱っぽかったのかな、と思いました。
でもあのときにどん底まで落ちたから、あとは上がるしかなくて今があるのだと思います。
私はあのとき、周りにどんなに励まされても自分を責めていました。
はじめてのママリさんは自分で諦めたくて諦めたわけじゃないこと、分かっています。
私とは違うとは思いますが、それでも辛さは分かります。
今はまだ無理に頑張って前向きになることないです。落ちるところまで落ちてもいいと思います。
だってかわいいかわいい、唯一無二の我が子を亡くしたんですもの。
気持ちが落ち着いたら向き合ってください。私も出産から数ヶ月たって、やっと我が子の仏壇を作りました。
都合のいい話かもしれませんが、なにかあるたびに話しかけたり、旬のフルーツを供えたり…そしたらなんだか娘がいつでも見守ってくれているような気がします。
いつまでも忘れないこと、それが娘にできる唯一のことなのかな、と思って。
長くなってすみません。
無理せずに心も身体も、ゆっくり休めてくださいね。

  • はじめてのママリ🔰

    はじめてのママリ🔰

    ご返信ありがとうございます。
    障がいをお持ちの赤ちゃんをお空に返す決断もさぞお辛かったとあんずさんのお気持ちお察しします。あんずさんの過去を否定する気持ちも不快に思う気持ちもありません。障がいを知りながら生む決断もその逆も正解なんてないと思うからです。どちらも愛あるご決断だと思います。
    私も羊水過少や早産の後遺症のリスクを説明され不安を感じながらも無事育つことを切に願い妊娠継続の選択をしましたが、私も心のどこかでは障がいを受け入れる覚悟は出来ていなかったのかもしれません。
    入院していた病院が子供専門の病院という事もあり、本当に様々なお子さんがいらっしゃいましたので障がいに対して色々考える事もありました。その時はそれぞれのお子さんの苦しみも親の大変さも考えず生きて産まれているだけで羨ましいと捻くれた考えでただただ意地になって飽きらめられない気持ち、そして自分が命の選択をするのが怖かっただけなのかもしれません。
    どんなに自分を責めても誰もそんな事望んでない事も理解はしていますが、簡単に割り切れないからこそ本当に辛いですよね。

    私はお骨を持って帰ってからすぐに、何かに縋りたい気持ちで簡易的で正式なものではありませんがお仏壇のようなものを作りました。息子がお腹に居なくなってから初めて家で1人で過ごしていますが不思議と息子がどこかで見てくれているような気がしています。
    まだまだ先になると思いますが心の整理が出来たら納骨もする予定です。

    あんずさんの辛いご経験を思い出させてしまいそれをお話しくださりありがとうございます。周りには同じような経験をした人もおらず吐き出す事もできなかったので共感して下さる方がいらっしゃる事、死産を経験しその後無事出産された方のお話しを聞く事で励みにもなりました。

    今はまだ頭ではわかっていても心が置いてきぼりの状態なので、あんずさんが仰るように無理せず息子の死を受け入れられる時まで悲しみに蓋をせず泣こうと思います。

    本当にありがとうございます。

    • 12月24日
あき

私も体外受精で授かった初めての我が子を、19週で死産しました。絨毛膜下血腫、子宮内胎児死亡でした。

出産前、血腫による出血多量、輸血、帝王切開など、たくさんのリスクがある、そして赤ちゃんがうまく出てきてくれなかったら掻き出すかもも説明され、輸血の準備も進められていました。
でも、幸いにもそう言ったことは一切なく、赤ちゃんも頭位でつるんと産まれてきてくれました。

赤ちゃんが、私に未来と希望を残してくれたんだなと思い、感謝の気持ちでいっぱいになりました。また、子宮口を広げるラミナリアの処置の時は不安で泣いていましたが、出産後は「陣痛、産道を通して産んであげられてよかった」という気持ちになりました。

今日、産後1ヶ月検診を終えました。胎盤が残っていると言われて心配になりましたが、きっと赤ちゃんがママちょっと休んで、って言ってくれているのかなと思います。

共に一歩一歩、前に進みましょうね。1人じゃありませんから。そして、私たちには空から見守ってくれている、心強い味方👼もいますから。

  • はじめてのママリ🔰

    はじめてのママリ🔰

    ご返信ありがとうございます。
    あきさんも最近の出来事なのに、きっと色んな想いもあったでしょうに、前向きに娘さんの運命を受け入れご自身の状況も悲観には捉えず本当に素敵なお母さんでいらっしゃいますね♡
    娘さんもそんなお母さんに会えて幸せだったと思います。

    陣痛も痛かったけど息子の感触を感じられた時間でもあり、息子と頑張れる最期の時間だったので私も陣痛、産道を通して産んであげられてよかったと思っています。
    私は原因はわかりませんが子宮内感染もあったようなので次の妊活は状況によっては半年から一年開けた方がいいかもと言われてしまいました。
    年齢のこともあり焦る気持ちもありますが、受精卵も無駄にはしたくないし、何より息子が早くお空に帰らなければ行けなかった意味がきっとあるはずで原因があるなら向き合って次に進めたらと思います。
    あきさんの娘さんも、私の息子も今頃お空で元気にしてくれていますかね♪
    あきさんもお辛い中コメントありがとうございます。
    幸せな未来を信じて、少しずつ前を向いて進んで行けたらいいですね!

    • 12月26日
まりん

辛い心情、お察しします。私も昨年5月に20w3dで初めて来てくれた娘が、お空に還りました。

今は、ただお母さんがゆっくりと体もですが心の回復に努めてくださいね。私は、同じような立場のママさんが集まるサイトや会をみつけて、話を聞いてもらったりしました。
娘を忘れないように、出生体重と身長で作ってくれるテディベアを注文して、一緒にお昼寝したりしましたよ。
そしてインスタで見つけて書籍化された『おかあさん、お空のセカイのはなしをしてあげる(竹内文香)』を読んだとき、涙が止まらなくて、とても助けられました。
その後も主人が気を遣ってくれて、旅行に行って心を休めたりしました。

とにかく悲しいときは無理せず泣いて、話を聞いてほしいときはご主人以外でも聞いてもらったり(うちは旦那だけに話すといつの時期からか『また?』みたいな反応になったので、SNSでも役所の助産師さんでもいいから聞く側が一人だけの負担にならないようにしてました)、思い出したい時にそばに置いて置く品を用意しても良いし、音楽や本に頼っても良いと思います😊

すると、少しづつ少しづつ心も回復しましたよ😊

お空に還っても、きっと戻ってきてくれると思います☺️偶然、今年の5月に娘を授かったと分かり、年明けに出産予定です😉
今は辛くてドン底の気分でも、きっとステキな未来が待っていると信じて、ゆっくり前向きに過ごしてくださいね😌

  • はじめてのママリ🔰

    はじめてのママリ🔰

    ご返信ありがとうございます。
    同時期の死産をされたんですね。きっとまりんさんもここまで来るのに色々な想いを乗り越えて来られたんだとお察しします。
    SNSも見る専門で、今回こういう場で質問させて頂いたのも初めてだったものですからそういった情報にも疎いので
    教えて頂けてよかったです。ありがとうございます!
    今は夫も話を聞いては一緒に泣いてくれますが、時間が経ってまた?って反応をされるのは他に深く話せる人もいないので怖いですね、、

    今は数日後に迫る妊娠中にずっと目指していた22週の日をどんな心で迎えたら良いのかわかりません。
    あとたった2週間だったのにとまた自分を責めてしまうのかもしれません。
    ただ自分を責めて泣いてしまった日はそれ以上に息子にありがとうと伝えようと決めてるのでその日は我慢せず泣こうと思います。

    まりんさんの元にまた赤ちゃんが来てくれたことをお伺いし、これからの未来に少し光が見えた気がします。
    年明けが楽しみですね!まりんさん、元気な赤ちゃん産んでください♪

    • 12月26日
はじめてのママリ🔰

私も先週、20週1日で双子の娘たちを亡くしました。
不妊治療の末の妊娠、絨毛膜血腫、前期破水、子宮内感染のための中期中絶などとても共通点が多かったのでコメントしました。
私も前日まで娘2人とも強い心拍を確認出来ていて
「もう少し耐えてこのままお腹で育てれば奇跡が起きるかもしれない」と思って
子宮口を開く処置をしていましたが、途中でやめて貰おうかと何度も思いました。
今でも後悔していて、最後に撮った二人の心拍を撮影した動画を見ることができません。
私が通っていた産婦人科は
中期に入ってから鮮血の出血が続いているのに入院もさせず
羊水が減っているのに破水の検査もしなかったし
炎症が起きているかどうかの検査もしなかったです。
私が早く違う病院に行っていればこんなことにならなかったのではないかと後悔しています。

「自分を責めないで」とか言われても
20週までお腹にいてくれたのに…羊水がほぼなくても直前まで生きようとしていたのに…と思うとどうしても自分を責めてしまいますよね。

私は今は
自分を責めても、泣き叫んでもいいと思っています。
自分が死ななければいい!くらいの気持ちで毎日を過ごしています。
我が子を亡くした悲しみや辛さはなかなか癒えることはないと思います。
私は時が癒してくれるのを信じて、ただただ時間が過ぎるのを待っています。

  • はじめてのママリ🔰

    はじめてのママリ🔰


    お辛い中ご返信ありがとうございます。
    あまりにも状況が似ていて驚いています。
    中期中絶の処置はまだお腹で我が子が頑張っていたのに自分が命を諦めてしまったようで未だに受け入れられていません。少しも望んではいなかったのに『中絶』の言葉が私にとっては鋭すぎて心を痛めます。本当に辛い事ですよね。

    病院の対応はそれぞれなのですね。その状況でも大丈夫と判断したのかが気になるところですが、ただ私は病院で1ヶ月ちょっと毎日膣洗浄をし、血液検査で炎症の数値を見ては抗生剤を打ち様子を見ていましたが、結果は変わりませんでした。
    お母さんがご自身を責める気持ちも痛いほど分かります。もし病院を変えていたらのもしが私だと思っていただいても構いません。結果は変わらずとも何かをしてあげたかった気持ちもわかります。けど何が何でも助けたかった気持ちは一緒ですよね。
    まだ乗り越えてもない私に言われても説得力はないと思いますが、2人の天使が力を合わせてお母さんのお腹を守ってくれたと思ってそのお身体を大事になさって下さい。

    きっとこの悲しみがこの先なくなる事もないんだと思いますが、1日も早く笑顔で心からの感謝と共に供養が出来る様に、お互い未来を信じて進みましょうね。

    • 12月27日
  • はじめてのママリ🔰

    はじめてのママリ🔰

    こちらこそご返信ありがとうございます。
    私も「中絶」の言葉を受け入れることが出来なかったです。
    看護師さんから同意書を渡された時から処置の日まで
    「中絶じゃないのに。」と思っていました。
    今でも思っています。

    出血してから心配で自費で
    週に1,2回通っていましたが
    5分もない診察で
    「まだ出血続いていますね。そのうち止まりますよ」と言われ続けていました。
    後期流産が確定した時に先生は
    「何が悪いとかはない。どんなに処置をしていても生まれてこれない赤ちゃんもいる」と仰りました。
    「何もしてくれなかったくせに‼️」と思うと同時に
    「どうしてこの人を信じてしまったのだろう。私がちゃんとしていれば二人は元気に生まれてこれたのに」と自分をとても責めました。
    はじめてのママリ🔰さん
    ありがとうございます。
    とても救われました。
    とても優しい方なので
    息子さんとても幸せですね。

    私も全然乗り越えていないのですが参考までに…
    悲しくてどうしようもない時や、虚無感で何も出来ない時には
    娘のためにできることを探しています。
    仏壇などまだ準備出来ていないので、可愛い仏壇のカタログを見たり、可愛い骨壺ケースを探したりしている時は
    気が紛れます。
    名前や生まれた日などを彫ったへその緒ケースも購入しました。
    娘たちをまた抱っこしたいな…と思い、メモリアルベアの購入も考えていて、その情報収集をしたり。
    娘たちにはこんなのが似合うかな?とか考える時間はとても幸せです。
    あと、インスタグラムで
    "天使ママ"さん達の投稿を見て、「自分だけじゃないんだ」と思うと少し救われます。
    思い出して辛くなってしまう方もいらっしゃると思うので
    はじめてのママリ🔰さんの心が少しでも落ち着くものが見つかるといいのですが…

    • 12月27日
  • はじめてのママリ🔰

    はじめてのママリ🔰


    ご返信ありがとうございます。
    本日妊娠継続出来ていたらちょうど22週の日です。どうしても今日まで耐えられていたらと考えてしまいますね、、

    中絶という言葉の重みから早く抜け出したいのに、不妊治療で通っていたクリニックに22週に提出しなければならない用紙にまた心を砕かれました。自分が望んでいなくたってどこまでいっても現実は中絶扱いなんだと辛くなりました。

    出血するなんてただでさえ不安なのに、心配で何度も診てもらいに通っていたのに、せめてもう少し心に寄り添った対応をして欲しかったですね。。不安が残りながらも先生がそう言ってるならきっと大丈夫と信じてしまうのは患者である私たちの立場からすると当たり前のことのように思いますよ。けどもし次があるならセカンドオピニオンも考えて良いと2人の天使が教えてくれたんですね。

    優しいだなんて滅相もありませんが、息子が幸せと感じてくれていたらこの上なく嬉しいです♡ありがとうございます。

    天使ママさんの投稿私も見てます。自分だけじゃないと思えること、同じ経験をされた方が子供を授かり育てているのを見ると希望が見えるようで救われますよね。それにこの痛みは経験した人にしかわからないと捻くれた考えもあるので、慰めじゃなくて一緒に泣いてくれる人と共有したい思いでこの質問を立ち上げたのもあります。

    お母さんと気持ちを共有できて救われました。お辛い中コメントを下さって本当にありがとうございます。
    時期も同時期なので私たちの天使たちが一緒に元気に遊んでるかもしれませんね♡

    私たちも今は無理でもいつか笑顔で前を向けるように毎日を過ごしましょうね!

    • 12月28日
  • はじめてのママリ🔰

    はじめてのママリ🔰

    これから先、28週32週37週
    そして予定日もきっと考えてしまいますよね。
    私も同じです。
    昨夜はなぜだかすごく悲しくなって布団の中で泣きました。
    まだまだ精神状態は安定しません。

    「私は妊娠継続したかったのに。誰よりもそれを望んでいたのに。」と思うと悲しいし悔しいし…なんで"中絶"なんだ!って思ってしまいます。
    "母体保護の為"とかいうなら
    "中絶"じゃない呼び方にしてほしいです。

    外観が綺麗でご飯が豪華で…とそんな理由で家から近い個人病院に通っていました。
    もし次があるなら、市内で一番大きな病院に通おうと思っています。
    納得いかないことがあれば
    すぐにセカンドオピニオンに行こうと決めました。
    二人が教えてくれたことたくさんあります。
    悲しんでばかりでなく
    感謝して愛情を注いであげて
    二人が生まれてきた意味をたくさん見つけてあげたいです。

    寝返りも打てないほどの腹痛でも息子さんのために22週まで耐えようとして、
    長い入院も陣痛の痛みも
    息子さんのためなら苦じゃなかったと言えるお母さんで
    息子さんは絶対絶対幸せですよ😊❤️
    私は子宮口拡げる処置でも
    陣痛中も痛い痛いと泣き叫んでいたので、尊敬します。

    とてもわかります!
    同じ経験をしていない母やきょうだいや友達にはこの気持ちを全て話すことは絶対に出来ないし
    優しい言葉もあまり響いてこないですよね。
    天使ママさんの前向きな言葉に励まされたり、悲しい気持ちに共感したりするのが私は一番救われます。

    きっと仲良く遊んでいますよね😊
    そして私たちのこと見守ってくれていますよ😊✨

    今は泣いたって叫んだって怒ったっていいんですよ!
    生きていれば大丈夫!
    少しずつ一歩ずつ進んでいければいいですよね。

    こちらの質問のおかげで
    私の方が救われました。
    ありがとうございました🙇
    私もインスタしているので
    もしかしたらどこかでまたお会い出来るかもしれませんね😊

    • 12月28日
  • はじめてのママリ🔰

    はじめてのママリ🔰

    私も毎日ふとした瞬間に悲しみに暮れています。なかなか気持ちは安定しませんよね。

    “母体保護の為なら”…の気持ちも私の気持ちを代弁してもらったかのように強く思います‼︎その事について考えすぎて、そうすると逆に理由はどうであれ諦めなければならなかった人たちの肩身がさらに狭くなるのかなとも思いました。複雑ですね。

    私も最初のクリニックは家から近くご飯は豪華、設備も新しい3月に出来たばかりの産院でした。幸いそこの院長がこども医療センター出身の先生だった為すぐにそこに転院することが出来ました。

    2人のお産はもっともっと大変だったとお察しします。私も陣痛は痛い痛いと言いながら次があるなら無痛にするとも頭では思っていましたよ!早く痛みから解放されたい思いとそんな状況でもまだお腹の中にいて欲しい気持ちがごちゃ混ぜでしたが、息子が出て来てくれた瞬間にもうそんなことを忘れてしまったぐらい色々な想いに駆られました。

    お母さんのインスタももし見つける事が出来たらお声掛けさせていただきますね♡

    はじめてのママリさんの今後の幸せを祈っています♡

    • 12月28日
👶2人の天使mama👶

私は今年2月に18週目前で中期中絶をしました。たくさんの病気が見つかったからです。
つい最近、友達が胎児奇形で20週で出産しました。
一緒に泣きました。
時間が解決してくれると思っていましたが、やはりそう簡単にはいかないのが現実です。
今でも、思い出す度に泣いて遺骨に話しかけて…を繰り返しています。いつかまたお腹に戻ってきてくれる事を信じています。一緒に頑張りましょう!

  • はじめてのママリ🔰

    はじめてのママリ🔰

    ご返信ありがとうございます。
    病気が見つかったとしてもきっとその選択はとても辛かったでしょうし、この上ないぐらい苦しみ出したご決断だった事お察しします。
    ご友人も悲しみを共有し一緒に泣いてくれるmama さんがいて心が救われたと思います。
    息子を亡くしてまだ2週間ですが、この先もこの悲しみに終わりがない事は想像できます。
    今はただお空にいる息子の幸せと、長い間炎症に耐えていたお腹の回復を祈り、また息子の生まれ変わりに逢えると信じて過ごしています。mama さんのお子さんもまた会いに来てくれると良いですね♡

    ありがとうございます‼︎一緒に頑張りましょう♡

    • 12月30日
3人の可愛い天使

本当に辛いですよね。
痛いほど分かります。
私は慢性早剥COASで3回死産してます。1度目はたまたまと言われて、まさかの2回目。
運が悪く2回続いてしまった。と思っていたら、3回も経験してしまい。3回目の妊娠時には万全な状態で無事出産したいと思い、不育症検査をしたにもかかわらず死産になり、納得出来ずセカンドピニオンで不育検査をするも、とくに引っ掛からず、どうしても妊娠を諦める事が出来ず、次の妊娠にむけてビタミンD、ラクトフェリン、ビタミンC、葉酸などを服用してます。
3度経験しても、死産後いつも喪失感でいっぱいいっぱいで、時間が経っても辛いのは分からないですし、死産した子供たちに会いたくて、未だに夜になるとたまに涙しちゃいます。この喪失感は産ぶ声あげて元気な赤ちゃんを腕に抱くまで拭いきれない気がして。少しずつまたお母さんが笑顔で笑える日が増えるといいな♡どうか無理はせず、泣きたい時は泣いて下さい!

  • はじめてのママリ🔰

    はじめてのママリ🔰

    ご返信ありがとうございます。
    CAOSの疑いがあると言われてからネットの文献を読みあさりましたが症例数も多くなく調べれば調べるほど気持ちが暗くなっていってしまった事昨日のように思い出します。
    天使ママさんのご経験は私が考えるよりずっと受け入れ難く苦しいものだったとお察しします。それでも悲しみに溺れず前を向こうと努力していらっしゃること心から尊敬しますし、きっと痛みを知ってるからこその深い人間性や愛情を備えられている方なんだと想像できます。
    何度経験しても我が子を失くす喪失感は慣れるものではなくむしろ悲しみが蓄積されて大きくなって辛いですよね。

    私も不育症の検査を悩んでいたところ、1回目の流産と今回の死産では性質が違うし受ける必要はないと今の先生には言われましたが、やっぱり次の妊娠に向けて不安材料を残したくないので受けてみようと思います。
    明日は初めての月命日になります。最近は悲しみに暮れて泣き続けることもなくなりましたが、明日はきっと息子を想い涙が止まらなくなると思います!
    お空に帰った天使ちゃん達がいつか私たちの元に戻って来られるように信じていきましょうね♪
    お辛いご経験をお話しくださりありがとうございました!

    • 1月14日
ちょもりん

こんにちは。お辛い経験をされましたね。
私も同じよう経験をしたので、コメントさせていただきました。
私は第一子を前期破水、子宮内感染の診断で、19週5日に中期中絶をしました。張りや出血があり、臨時で受診などもしていましたし、張り止めの薬も飲んでいましたが、突然破水してしまいました。羊水はほとんどなく、間違いなく早く陣痛が来てしまう、22週まで持ったとしても呼吸器が出来上がってないので生きてはいけないし、このままだと子宮にも影響が残り次の妊娠が出来なくなる可能性もある、と言われました。
周りにも説得され、自分でも納得して中期中絶を選択しましたが、人工妊娠中絶の同意書を前にしたら涙が止まらず、サインがなかなかできませんでした。胎動も感じていたので、生きているこの子の命を私が奪ってしまうんだ、と。4年経つ今でも、本当にその選択が正しかったのか考えてしまいます。
出産後、はじめてのママリ🔰さんは、素敵な時間を息子さんと過ごせたのですね!とても羨ましいです。私の病院は、そういったことは一切できませんでした😢連れて帰ることもできなかったので、火葬までにせめて私にできることは、とたくさん考えて、小さな折り紙を折ったり、赤ちゃんにかけられるかわいい掛け物を作ったりしました。
小さくても、しっかり赤ちゃんなんですよね。手も足も可愛くてたまりませんでした。出産後医師から、赤ちゃんには何も問題無さそうですって言われ、あぁ、やっぱり私のせいなんだって思いました。
その後は、毎日泣いて暮らしていました。普段穏やかな主人からも、そんなにずっと泣いてても仕方ないやろ!と言われ、私の気持ちは主人にもわかってもらえないんだ、と感じていました。今思えば、病んでたんだと思います。
でも、後々分かったのですが、主人は主人でこの悲しみを乗り越えてはいなかったです。それはおそらく今でも。私の母も義母も泣いていました。それぞれが悲しみを抱えています。無理に乗り越えるものでもないのかな、と思います。私たちの心の中で娘はしっかりと存在しているから。

そして今、妊娠22週です。不妊治療の末に授かり、妊娠初期から絨毛膜下血腫での入院など、トラブル続きで不安な毎日ですが、今日、22週を迎えました。朝からやっとこの時を迎えられた、と主人と泣きました。出産まではまだまだ安心できませんが…

あの子がお腹に戻って来てくれた、というよりは、近くでずっと見守ってくれている感覚が私にはあります。
妊娠出産は本当に奇跡の連続で、私たちにはどうにもできない何かがあるのだと思います。
はじめてのママリ🔰さんの息子さんも、今はすぐ側で、にこにこして見守ってくれていると思います。そして時が来たら、きっと戻ってくるのだと思います。
気持ちは無理に整理したり乗り越えようとせずに、大切にしていくと良いのかな、と私は思っています。
長くなってしましました。。。まずはお体も大切にしてくださいね。体を整えるのもとても大事だと思います!

  • はじめてのママリ🔰

    はじめてのママリ🔰

    ご返信ありがとうございます。
    ドクターストップだったとしても、周りに説得されたとしてもあの書類のサインは、生きている子を宿している身にとっては残酷過ぎますよね。今もあのサインさえしなければ、、とふと思ってしまうことはありますが、親である自分にしか出来ないサインであって親の責務であったと、息子の生きられなかった命を背負って生きていくというサインであったと思うようにしてます。

    私の病院は子供専門の病院の中にある産科だったためか、入院期間が長かったためか、看護師さんも助産師さんも先生もまるで生きているように息子に話しかけてくれて、お空に行く息子の為に沢山折り紙を折ってくださったり私の話を聞いてグリーフケアもしてもらったりとそういった面では恵まれていたと思います。
    病院によって対応が違うのですね。一緒にいられる時間が少ないからこそ制限なく後悔のないように過ごしたかったですよね。

    死産後、無事妊娠され22週を迎えられたとのことでおめでとうございます♡
    きっとここまで来るのに経験があるからこその不安をいくつも乗り越えられたんでしょうね。22週を越える事が出来ればこの世に生きていける権利が与えられるんですもんね!経験するまで気にしたこともなかったけれど大きな壁だと思います。
    破水しても子宮内感染があっても心拍を動かし続けてくれたちょもりんさんの強い天使ちゃんが赤ちゃんの生命力の強さを教えてくれたと思います。だから今お腹にいる息子さんもきっと強い子です♡
    無事産まれるまで不安は消えることは無いと思いますが、赤ちゃんの生命力を信じてご自愛くださいね♡
    元気な赤ちゃんが産まれてくる事、心からお祈りしています!
    私は明日で産後1ヶ月を迎えますが悪露なのかなんなのかわからない出血がまだ続いています。今は体を整える事に専念してまた命を迎えに行けるように前向きに頑張りたいと思います!
    同じご経験をされた方が妊娠されているのはとても励みになります♡コメントいただきありがとうございました♡

    • 1月14日

「ココロ・悩み」に関する質問