にゃこれん
踏ん切りつかないというだけではなかったですが、
娘を産むまでに3回流産して、不育症の治療をして、年齢的にも体外受精を勧められて、結果的に出産までたどり着けましたが難産。
41週になっても出産の音沙汰なく、いろいろ痛みに耐えながら処置して、4日後に緊急帝王切開。
出産したその日、ダイヤモンドプリンス号からコロナウイルス感染が見つかったとの報道。
慣れない育児の中、芸能人が次々コロナで亡くなりました。
そこから3-4年ほど、コロナ禍に突入。
私は当時はパート看護師で、職場復帰も考えていましたが、ちょうど復帰の時期にクラスターが発生したりで恐ろしかったので退職しました。
また不育症治療するとなると、コロナ禍に通院したり、子どもはどこに預けるか?(転勤族で親は頼れず)、悪阻も酷かったから、あの時期を子どもみながら耐えられるのか?難産だった私の身に、万が一、次は何かあったら、娘は夫が育てるしかないが、可能なのか?等考えたりしているうちに、もう1人産むことによるリスクを引き受けるよりも、「今いる娘を育てること」にフォーカスして諦めました。
いまだに、赤ちゃんいいなと思いますよ。
娘が赤ちゃんを可愛がる姿とか見てみたかった。
娘も、妹が欲しいと言っていました。
しかし年齢的にももう難しいかな。
選ばなかった人生、選べなかった人生を思って、寂しくなったりすることは、いくつになってもあると思います。
たとえば70代の人でも、女の子を育ててみたかったとか言いますよ。
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