父がギラン・バレー症候群で入院し、呼吸器を外した後に重症の肺炎になりました。回復の見込みがないと言われ、治療方針に悩んでいます。栄養をどうするべきか迷っています。
気持ちの整理が出来ません。
昨年9月末、父がギラン・バレー症候群で入院しました。
ギラン・バレー症候群を調べたところ、致死率は非常に低いので、麻痺等は残るかもしれませんが、大丈夫だろうと思っていました。
しかし、父はかなり重症だったようで、2月まで呼吸器を付けていました。
リハビリの病院にいたのですが、そこの先生が呼吸器の管を少しずつ細くすると言っていた筈なのに、いきなり外したそうです。
呼吸器を外す事が早すぎた為、重症の誤嚥性肺炎になり、緊急転院。
それから悪化の一途です。2月までは元気だったのに。
一度肺炎だけは良くなりましたが、凄く痩せました。
とりあえず肺炎治療が終わったからと、リハビリ病院へ戻されましたが、2日経った今日、また別の病院へ肺炎で緊急転院。
そこで、父は咳こむ力がもう無いから、もし今回治ってもまた肺炎になる。
咳こむ力をつける事は難しい。ギラン・バレー症候群で手足を動かせないから、他の人よりも可能性はかなり低いと言われました。
父はギラン・バレー症候群になる前は、畑を借りて農作業をしたり、ボーリングが好きで、マイボウルを8月末の誕生日に購入していました。
10月に友達と旅行も計画していたようなアクティブな人でした。
人工呼吸器を付け、ギラン・バレー症候群で身動きもできない、喋る事も出来ない。肺も苦しくて、痛い。
キツいと弱々しい口パクをします。
でも、意識はしっかりある。
本人の前で、今日、回復の見込みがないと言われました。
肺炎治っても、同じ事を繰り返すなら、もう治療しない方が良いのでしょうか?
点滴だけにすれば肺炎のリスクは減るけど、1ヶ月位に亡くなるそうです。
2週間前、前の病院で言われました。
点滴だけにするか、栄養入れるか選べと。
それは嫌だと、肺炎になっても胃へ栄養入れて欲しいと言ったのは間違いだったのでしょうか?
分からなくなってきました。
- はじめてのママリ🔰
コメント
はじめてのママリ🔰
ご家族の方は辛いですよね。
看護師しているので、看護師としての意見を言います。
まず、呼吸器の管を外すタイミングは医師によって違いますし、長くなるなら気管切開をしたりします。そして、必ずしも呼吸器を外すのが早い=誤嚥性肺炎になる。は違います。そもそも誤嚥性肺炎というのは、嘔吐したり食べ物を飲み込んだ時に誤って気管に入ってむせることができず、肺に入ってしまったというのが誤嚥性肺炎となります。(医師の説明がどのような説明だったのかわからないので、その先生のいう呼吸器外すのが早かったから誤嚥性肺炎は私は理解できませんでした💦万が一そうだとしたら、抜いたタイミングで嘔吐したか、胃内容物を排液せずに胃がパンパンのまま抜いたから刺激で嘔吐して誤嚥したのかな?とか考えました)
正直、呼吸器をつけることはかなり苦しいことです。医療用麻薬を使わないと苦痛で自ら抜いてしまう患者もいます。見た目は管が入ってるように思いますが、実際はストローを使って呼吸しているのと同じなので普通に呼吸するより辛いです。
そして、肺炎になっても胃へ栄養を入れたいという気持ちは、家族なら尚更生きてて欲しいと思うし、自分たちで大事な家族の命の期限を決められるわけがないんだからそういう選択をしても間違いじゃないんです。間違ってる、正しいとかじゃないんです。
「患者本人にとって一番何が辛いのか」を考えてあげる必要があるのと、例えば「麻痺とか呼吸器の管理が必要で24時間介護が必要になるけど、24時間"周りの家族が仕事や残された人たちの家庭を維持しながら"介護できるのか、辛くないか」というところが大事なところです。
肺炎になると、点滴しなきゃいけない、また苦しい思いをしながら呼吸器を繋げないといけない可能性がある、呼吸器繋げてるだけでも辛いのに日中は起こされて痛い辛い思いをしながらリハビリする、抗生剤に耐性がついて抗生剤が効かなくなる、点滴するだけでも点滴入ってるところから感染したりして余計体力を奪われる、栄養や点滴で頑張ると亡くなった時に身体が浮腫んで痛々しい状態になる等、辛いことがたくさんあります。
最期まで辛い思いをさせて逝かせるか、余命は短くなるかもしれないけれど、お父様らしく最後は好きなように過ごさせるか(極端な話ですが。。。)。
正解はないのです。
お父様が苦しい思いをしてまで生きたいのか、残された家族を犠牲にしてまでお父様を介護していけるのか、残された家族を犠牲にしてまで生きたいとお父様が思うかどうか。を考えてみてはいいのかなと思いました。
酷なことを言ってるとも思いますし、私も看護師である前に1人の人間なので気持ちはよーく分かります。。。
はじめてのママリ🔰
気管切開は既にされていたんです。
3日前、父の呼吸器を外した先生が「外すのが早かったせいですね…」とご自分で言われました。
責めても結果は変わらないから、でもそんな事はないとも言えなくて、苦笑いして誤魔化してしまいました。
まぁ、タラレバを言いだせば、姉が外食先で鶏肉を食べさせなければギラン・バレー症候群にならなかったのに…まで遡りますし。
肺炎になる前、父が回復しても、元の生活には戻れないだろう…リハビリが進んで退院出来たとしても、状態によっては介護施設を探さないといけないだろうとは思っていました。
指一本動かせないし、話す事も出来ないし、面会も固定2人制(母と私)にされているので、好きなように過ごす事もできない。
病院で、「父が会いたがっている人でも面会出来ないんですか?」と聞いてみましたが出来ないと断られました…。
孫である娘達も、特に下の娘は救急車で運ばれた直後に会ったっきり。
半年会えていません。
父が少しでも良くなって、せめて会いたいと思う人に会わせられないだろうか…とは思っています。
それが難しいんでしょうが…希望を探してしまいます。