2年前から脳リンパ腫と闘ってきた父。ベレキシブルというお薬のみの治療…
2年前から脳リンパ腫と闘ってきた父。ベレキシブルというお薬のみの治療でした。
認知も進んで、自分の病気もわかってません。
介護が必要になり、昨年の秋から施設に入ってて年明けから、嚥下が難しくなり、傾眠状態になり、さらに発熱し、大学病院に搬送されたら、コロナでした。
誤嚥性肺炎にもなってます。
点滴してる期間が長く、その間にコロナに感染したんだろうと思います。
ただ、傾眠傾向や、色々な状況を施設の訪問医が診て、再発じゃないかと言われ、発熱して、下がらないため、かかりつけの大学病院搬送後、CTを撮ったら、やはり、再発だろうと脳神経外科の主治医は言いました。
コロナの治療が終わったら、MRIをして、更に調べるけど、ベレキシブルが効いてない以上、放射線があるが、77才なのでこのまま放射線治療は無理だろうとの見解でした。
希少がんの一つとされてるこの病気。よく、がんばって2年間強い薬、ベレキシブルを飲んでこれたなと思います。
2ヶ月に一度、MRIを撮って、再発してないか調べるのも父には大変だったと思います。
さらにコロナになった今、意識もなく、急変の可能性もあります。
覚悟しなくてはと思うけど、覚悟なんて、できない。
- さちゃ(8歳)
コメント
はじめてのママリ🔰
身近な人ほど、覚悟なんて出来ないですよね。
私は、幼い頃から母の代わりに面倒を見てくれた祖母が、もう長くないと言われて病院に行って長い時間そばにいました。
耳だけは聞こえているはずと思って、「おばあちゃん、来たよ〜」と言って何度も声掛けしたり、目を合わせようと何度も顔を覗き込みました。
亡くなって、しばらくの間、私は鬱になってしまいました。
事故や事件などで突然身内を亡くしてしまう方々がいる中、私は祖母とゆっくり過ごせる時間があって、良かったと思ってます。
どうか、悔いのない時間を過ごせますよう祈ってます。
さちゃ
コメントありがとうございます。
本当に身近な人ほど覚悟なんて、できないです。
横浜に住んでおり、父は名古屋です。
昨日、搬送されて、行った時、ひょっとしたらこれが最後なのかもと思ってしまいました…
まずは、コロナが治ることを願って、その後はできるだけ、会いに行こうと思います。