胎動が止まり、入院中。普通のお産への不安。経験者のアドバイスを求める。主人の理解が救い。
吐き出させてください。
ここ1〜2日、あんなに激しかった胎動が、
夜中に位置が変わってからピタリと止まりました。
イヤな予感は的中
言葉にしたくありませんが
臨月間近でダメだったようです。現在入院中。
赤ちゃん本人と
周りへの申し訳なさと、これからやってくる
「普通のお産」が不安でいたたまれない状況です。
喜べない陣痛、産声のない出産、火葬など
現実として受け入れられません。
経験された方、差し支えなければ
流れを教えてください。
上のお子さんがいらっしゃる場合は
お子さんへの対応等、教えてほしいです。
せめてもの心の準備をしておきたいです。
目の前のことをこなすことで
多少冷静さは保てていますが
自分がこんなことになるなんて夢にも思いませんでした。
二人目だから大丈夫、とタカをくくっていたなと
自分の反省点しか思い浮かびません。
アレがいけなかったのかななんて
今から考えても遅い。時間は取り戻せない。
誰のせいでもない。
ただ、守ってやれなくてごめんね、
という気持ちでいっぱいです。
こんな状況でも、上の子がいるので
笑顔にもなれるし何か食べないといけないし
眠気もあるし、普通に歩けてしゃべることもできる。
少しは救われているのでしょうか。。。
我が子が空にいったのに、人間てこわいなとこわいなと
思います
気を使わず気持ちをぶつけられる主人がいることが
せめてもの救いです。
読んでくださりありがとうございました。
- ママリ(4歳5ヶ月, 9歳)
コメント
♩
私も前回8ヶ月でしたが
死産をしました。
母のカンって当たりますよね。
私も朝起きた瞬間なぜかわかりませんが
その日だけ何故か異常におかしい
と思い病院に行くとその日に
亡くなってました。
私は普通分娩で出産をし
次の日退院。
そしてそのままお寺に赤ちゃんと共に
水子供養をしに行ってから
それが終わり、火葬しに行きました。
私も何が何だかわからない感じで
行われる物事を淡々とこなしたって感じの
数日間でした。
ちなみにですが出産した後は
助産師さんに手伝って貰いながら
旦那と家族みんなで沐浴しました。
そして足型と手形も取らして貰って
写真も沢山沢山撮りました。
1年少したった今もまだ見れてませんが
いつか見れるようになる日が来ると思って
沢山撮りました。
撮っててよかったと心の底から思ってます。
あとは、病院が用意してくれた箱の中に
赤ちゃんを入れるんですがそのときは
病院に頼んで持ち運びのスティックミルクを
ひとつ貰い入れさせて貰いました。
あと、男の子だったので車とか
お菓子とかも退院したあとに
西松屋に寄り買って沢山入れました。
お空に行っても困りませんよーにと。
出産した直後
本当にお腹の中からいなくなった現実に
涙が止まらなくなり号泣しました。
そこから部屋に帰っても突然泣いたり
退院した後も突然泣いたりする日々でした。
私の場合、1人で家にいるのも
かと言って外に出たら妊婦さんがいたりして
それを見るのが辛く1人で外出するのもイヤで
旦那の実家に遊びに行ったりしてました。
段々1人で外出できるようになって
産後4ヶ月くらいからは仕事を始めたら
気分転換にもなり私自身良かったと思ってます。
今は目の前のことをこなすことで
精一杯と思います。
旦那さんに沢山甘えてください。
ただ、ひとつ言えるのはお母さんは
何も悪くないです。
誰も悪くないんです。
自分を責める気持ちも凄く分かります。
でも今お母さんが赤ちゃんのために
出来ることを精一杯してあげてください!
私はそれが、産んでちゃんと天国に
送り届けてあげること。
と思っていました。
上にそのときは子供がいなかったので
そこの部分についてお答えはできず
すみません😭💭
出産頑張ってください。
みぃみぃ
1人目が2歳3ヶ月の時、二人目を31週目で死産しました。午前中妊婦健診で元気な赤ちゃんを確認していました。夕方から腰に違和感があり、その痛みに間隔があることに気づいてすぐ病院に連絡しました。病院につくとすでに子宮口がひらき、頭が降りてきていたため、すぐに救急車で一時間離れた場所にある周産期センターに運ばれました。が、誕生した娘は泣き声を聞かせてくれることなく天国に行ってしまいました。私も自分の何がいけなかったのか、もっと早く陣痛に気づいていれば助かったんじゃないか、自分を責めました。周産期センターの先生は、陣痛がきた時点で赤ちゃんは亡くなっていたこと(出てきた時にはかなり鬱血し硬直ていたそうです。)、お母さんは何も悪くなく、臨月付近で突然亡くなってしまう赤ちゃんがまれにいて、人が事故に遇うように赤ちゃんもお腹の中で事故にあってしまったんだよ。だからお母さんは悪くないよと何度も言われました。
その後は、死産の届け出をし、火葬の手続きをし、自分たちで用意した小さな棺に赤ちゃんを入れて病院を退院しました。どうしても自宅に連れて帰りたかったので、出産の翌日に退院しました。自宅でお坊さんに拝んでいただき、たった1日でしたが家族四人で並んで眠りました。
上の娘は赤ちゃんが亡くなったことを空気で感じたのか、ずっとお利口さんでした。出産した直後の赤ちゃんをみた時は、その姿にビックリしたのか抱っこしませんでしたが、最後に棺に入れる時に、「抱っこするならこれが最後だよ?もうバイバイしないといけないから。」と言うと上の子は最後の最後に抱っこしました。
ずっと、「また赤ちゃんが亡くなったらこわい」と不安で何年も妊娠をためらっていましたが、長女の「赤ちゃんいつ帰ってくる?」「赤ちゃん早く戻ってきてね」と空を見上げながら言う言葉に「やっぱり娘に姉弟を…」と思うようになりました。二人目の出産がきっかけの不妊にもなり、次の妊娠には随分時間がかかりました。
死産から6年。生きていればこの春小学校入学でした。今は次女、そして先日長男が誕生し、3人姉弟になりました。天国に行った娘の法事をするごとに、辛く悲しかった記憶がよみがえります。一生この思いは消えないのだと思います。だけど、それが天国に行った娘と共に生きている証拠なんだと思います。いつか私が亡くなった娘の元にいった時はいっぱい抱っこしてあげるからねと約束してお別れしているので、いっぱいいっぱい抱っこしてあげるつもりです😌
りみさん、今はとっても辛いと思います。でも赤ちゃんは天国でりみさんのことを見守ってくれていると思います。そして、すぐそばには上のお子さんがいてくれています。私は本当に長女が生きる支えになりました。長女には妹の死を隠さず共に歩んできたので、産まれてきた妹や弟をとても大切にしてくれます。お世話も母顔負けです。それは命の大切さを知り、生きていること、産まれてくることが当たり前ではないと知っている長女だからこそだと思っています。「明けない夜はない」「止まない雨はない」ってよくいいます。今は暗闇の中でもいつか必ず光が差してきます。どうかお子さんのためにも、ご家族で乗り越えていかれて下さい。
りみさんの質問に全然答えれてないかもしれません。ごめんなさい💦同じ経験をした方の辛い気持ちを知り、スルーできずついつい長文を書いてしまいました。重ねてお詫びします💦
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ママリ
コメントありがとうございます。
何度読み返しても涙が止まりません。
自分たち家族のことを読んでいるようで、これが現実になるのか、、、と
とても辛いですが、心の準備を
させてもらいました。
お一人目が2歳でいらっしゃるのに、お空にいった赤ちゃんのこと
すごくハッキリ認識されているんですね!
写真や形に残るもの、見せてあげていらっしゃったのでしょうか😌
それとも、お姉ちゃん自身が記憶していたのか…
子供って本当にすごいですね。
4人で川の字…赤ちゃんすごく幸せだったでしょうね…
天国への最高の思い出のプレゼントですね。
何か同じようなことで真似できないか考えてみます。
こちらも、上の子が弟や妹を欲しがったので本格的に子作りし、忙しい主人のタイミングをはかって授かった子でした。
空に行ってしまったことを告げたときは
「初めての男の子(弟)会いたかったなー」私の大きなお腹をみて
「◯◯くんお腹にいるのになんで会えないの?」「ミルクあげたかったけど、ダメだった…」
等々、素直にさみしい言葉を口にしていました。
上の子がこれから、天国にいった弟のことをどんな風にいうか、不安でたまりません。
その度に、涙してしまいそうです。
娘自身は泣いたりすることはありませんが、こういう時って本当に子供はお利口ですね。。。
体が元に戻ったら、たくさん甘えさせて抱きしめてやります。
天国にいったときたくさん抱っこしてあげたい気持ち、、、、
とっても素敵です。
きっとまた、会えますよね。
空からずっとみていてくれることにはいまとこれからも変わらないと思うので
息子に恥じない人生を歩みたいです。
わたしもいつか、みぃみぃさんのように、自分の経験を通して誰かの気持ちに寄り添えるよう
一歩ずつ進んでいきます。- 3月31日
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みぃみぃ
長女は、亡くなった娘を棺に入れる際、妹を抱っこしました。最初で最後の抱っこでした。そして、主人が赤ちゃんは天国に帰って行くこと、天国はお空よりもっともっと遠くて、もう会えないことをゆっくり分かりやすく説明しました。長女が本当に理解していたのかそうでないのかは分かりませんが、私が元気ない様子から何かは悟っていたのだと思います。
私は分娩後、たった1枚だけ家族で写真を撮ってもらいました。そこには、泣きはらした顔の私と強ばった顔の娘と主人…そして亡くなった娘が写っています。でも、私には辛すぎて未だに引き出しにしまったまま出せません。データもありません。長女にも見せたことはありません。だけど、長女は亡くなった妹のことは心で覚えてくれています。あれから7年近くたって、あの時の記憶はほとんど残っていないようですが、長女にとって自分には「妹2人と弟1人」の妹弟がいるという認識は変わっていません。そして、毎年の命日には一緒にお墓参りに行き、1才9ヶ月の妹に「ここにはね、○○姉ちゃんがねんねしてるんだよ。一緒にあん(手を合わす)しようね。」って、妹に話しています。
息子は生まれてまだ間もないですが、娘たちが二人はきゃーきゃーじゃれ合ってにぎやかです。その姿を見ながら、主人とよく「○○が生きていたら女3人もっともっと賑やかだったろうにね。」と話したりします。私たち家族にとっては、亡くなった娘の存在はいつまでも消えません。時には胸が苦しくなることもあります。思い出すといまだに涙もでます。だけどそれが天国にいった娘が私たちの中に生きている証拠なんだと思っています。
私も、天国にいった娘に恥じない生き方をしたいと思います。「あなたを亡くして絶望したけど、ママ頑張ったでしょ」と言えるよう、前を向いて歩きたいと思います。りみさん、今はゆっくり心と身体を休めて下さい。そして、ご家族と支え合って今の辛さを乗り越えられていって下さい。同じ経験をした者として、心から応援しています。- 4月1日
ママリ
すみません、言いそびれていましたが
息子さんのお誕生、おめでとうございます☺️✨
読んでいると気持ちが落ち着きます。
みぃみぃさんがコメントを書いてくださっている間に
とっても病んだ文章を作成していました…(;_;)
今は可愛い息子への愛おしさと
守ってやれなかった後悔とを
1日に何度も行き来している状態です。
みぃみぃさんのおっしゃっていたことを参考に
私たちなりの送り方を考え
息子への手紙と写真を用意しました。
娘に抱っこもさせました。
すごく嬉しそうで、2人とも愛おしい反面、とても辛かったです。
少しの間だったけれど、4人家族になれたことを残しておきたくて
たくさん写真も撮りました。
私もみぃみぃさんと同じで
きっと見られる日が来るのは何年も先ですが、娘や、また私たちの家族になってくれる命が宿ったら
一緒に共有したいなと思います。
明日、火葬してきます。
会えなくても心は繋がっていると信じ、しっかり見送ってきます。
色んな流れや娘さんへの対応など、本当に参考になることばかり
教えてくださりありがとうございました😌✨
ママリ
コメント、読ませていただきました。
涙が止まりませんでした。
本当にお気持ちお察しします。
それでも少しずつ階段をのぼり、
また妊娠されて臨月なのですね!
お辛い経験を、まさにこれからという時期にこんなに詳しく教えて下さり
本当に感謝します!
ありがとうございます。
我が子も男の子だったので参考にさせていただきます。
本日分娩が終わり、可愛い可愛い我が子と対面して、赤ちゃんマジックにかかってしまっています。
今にも動き出しそうな、しっかりした体でした。
目はパパに似てる、鼻はママかな、など
会えた嬉しさと、もうこの子との未来はないのか、という現実との狭間を
行ったり来たりしています。
この飽和状態の方がまだ、ラクかなと思い
何人かの人に報告したり、親族に面会に来てもらったりしましたが
実際に手を合わせられたり
「落ち着いたら手を合わせに行くね」と言われると
本当に本当に本当に辛いです。
自分たち以外の人からは、もうそういう風に見えるのか、と。。。
もちろん悪気はないのはわかっています。
これは、まだ現実を受け入れられてない証拠ですよね
いつ受け入れられるかもわかりませんが…
魂は天国へ、でも身体は触れられる距離にいる。
いまは目の前の我が子に、今しかないこの時間で精一杯愛情を注ぎます!