たれまゆママさんお話ししましょう✨
たれまゆママさんお話ししましょう✨
- はなたま(1歳6ヶ月, 4歳0ヶ月, 5歳10ヶ月, 7歳, 8歳)
コメント
たれまゆママ
新しく投稿してくださってありがとうございます。
こういった方法があったのですね!
前回は私の誤解、飛躍した捉え方があって、はなたまさんの気分を害すような物言いになっていたと思います。申し訳ございませんでした😔
心理カウンセラーの方とお話したことはないですが、イメージとして医療関係者に準ずる職業なのかなと、、そんな方が人の生死を静観して見てるというか、やむを得ず促しているように感じて驚いてしまいました。
文章での説明でもあるし、簡潔に話す、となると、はなたまさんの伝えたいことが私も分かっていなかったのかなと思います。
また、お子さんもたくさんいて、お仕事もされて、さぞかしお忙しいのではないか思いますが、通りすがりの私に親身にアドバイスしてくださってありがとうございます。
もう少しお付き合いいただけるならお話伺ってみたいです。
私が夫に対して過干渉である自覚はありました。
たれまゆママ
おそらく分かっていないのでもう少し伺ってもいいでしょうか?
私が否定されることはない…というお話で。
「言葉」や「行動」が否定の対象になっていうということは、「私」というのは人格や核になる部分のことをおっしゃっているのでしょうか?
深い話で、頭が凝ってきました😅
心理カウンセラーさんって難しいことをお仕事にされているんですね!
ましてや、今3ヶ月のお子さんもいて、産後で、しかも上にもお子さんが4人もいて!どうやって生活回してるんですか!?
私は1人でもいまだに日々の生活が回っていません💦
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はなたま
こんがらがらせてしまってすみません🙏
否定の話しと感情の話しを改めて、噛み砕いて説明させてください。
たれまゆママさんの「気分を害す物言いになっていたと思います」というところを例にしたいと思います💡
例えば、たれまゆママさんが私に"ネガティブな感情を味わせよう"という目的を持って、意図的に罵詈雑言を浴びせたと仮定します。
しかし、どれだけ酷い言葉を発したとしても私にはネガティブな感情は一切湧いてきません。
それは何故か…
たれまゆママさんは私に言ってるつもりです。
しかし、私の認識では違います。
たれまゆママさんは私に言っているわけではなく、たれまゆママさんの中で作り上げられた私という偶像(はなたまはこういう人間だというイメージ)に対して言っているのです。
あくまで偶像なので、それは私ではありません。
リカちゃん人形に酷い言葉を発する人がいたとしても、たれまゆママさんは何のダメージも受けないですよね?
リカちゃん人形は自分ではないから、です。
またもっと詳しく説明すると、
たれまゆママさんが私をとても冷酷で残忍な人間と思っているとしましょう。
私とリアルでお付き合いのある友人や知人、家族からは「ひまわりのような人」「聖母マリアのような人」「天真爛漫な人」「空気清浄機のような人」というようなワードを言われます。
そのどれもが私ではありません。
それぞれの人たちの中の思い込みで、作り上げられた私という偶像です。
ある側面を切り取って、各々の中に埋まっている概念から作り上げられた私という偶像です。
私もたれまゆママさんも否定されることはないというのは、こういうことです。
伝わりますでしょうか?
また感情については、
感情が起こるのは、
起こった出来事→感情
ではなく、
起こった出来事→意味づけ→感情
という過程で感情が起こります。
なので、起こった出来事でもポジティブな感情が湧く人もいれば、ネガティブな感情が湧く人もいます。
起こった出来事に対して、どういった意味づけ(捉え方)をするかは、自分次第です。
腹を立たせる夫というのが存在するのではなく、夫さんの何かしらの行動にネガティブな捉え方をたれまゆママさん自身がしていて、それに対して怒りの感情を感じている、ということです。
たれまゆママさんにネガティブな感情を味わせる誰かや何かが存在するのではなく、たれまゆママさんの意味づけ(捉え方)で、たれまゆママさんはネガティブな感情を感じているということです。
自分がその選択をしている、ということです。
人や環境のせいではなく、自分に起こる感情は自分の責任ですよ、ということです。
話しは変わり、我が家の生活に関しては、私一人で回しておらず、夫婦で役割分担をしています。
うちは私が稼ぐ担当、夫が家を守る担当を主にしています。
家事育児に関しては、私が2〜3割ほど、夫が7〜8割という感じです。
お互いが得意なことをすることで、協力し合いながら、負担を感じず、楽しく生活できています。
でもそれは今の話で。
昔はそれはそれは大変でした。
私が家事、特に料理が苦手なんです💦
3食のメニューを考えるのも作るのも苦痛で仕方ありませんでした。
そして、その当時夫は仕事づくめで家にいませんでしたが、給料も少なくて、あっぷあっぷ😂
お互いにピリピリした中で生活してました。笑- 12月28日
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はなたま
分かりづらいかと思い、
改めて感情の仕組みについて、ご説明させてもらいますね💡
怒りの感情が起こる一つの例として
Aさんが、友人Bさんと10時に会う約束をしていたとします。
Aさんは9時50分に到着しBさんを待ちますが、10時を過ぎても現れません。
10時5分に「もうすぐ着く!」とLINEが入り、到着したのは10時15分。
Aさんはイライラ。
質問①
何故Aさんはイライラしたのでしょうか?
質問②
AさんをイライラさせたのはBさんが原因なのでしょうか?
①の答え
・Aさんの中には「時間は守るべき」という思い込みが埋まっていたため「時間を守らないことは悪いこと」と捉えている。
・Aさんは「悪いことをしたら謝るべき」という思い込みが埋まっていたため、悪いことをしたのにBさんは謝らない、と捉えた。
・時間を守られないし、謝ってももらえない私はBさんからは大切にされていないんだ、と思う。etc…
②の答え
Bさんが原因ではなく、Aさんの中にある「時間は守るべき」「時間を守らないことは悪いこと」「悪いことをしたら謝るべき」「私は大切に扱われない」等の複数の思い込みが怒りが湧いた原因。
また別日に、このBさんと友人Cさんが10時に約束します。Cさんは9時50分に到着。そしてBさんは前回と全く同じことを繰り返したとします。
が、Cさんは、何の怒りも湧かず、Bさんとの対面を喜びます。
Cさんの中には「時間を守れない人もいる」「時間を守ることが重要だと感じない人もいる」という思い込みがあるので、待つ可能性があることをそもそも受け入れている。
それ故に待ち時間を有意義に過ごすためのスキルも持ちあわせていたためストレスを感じず、楽しく待てた。
またBさんが待合せに遅れたのに謝らないことにも、自分たちが親密な関係を築けているからだ、とポジティブに捉えている。
ということなのですが、
感情についての理解はどうでしょう?
起こった出来事が原因ではなく、それぞれの中に埋まっている思い込みにより、何かしらの意味付け(捉え方)をして、感情が起こります。
外側の要因ではなく、自分の内側にある、ということです。- 12月28日
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たれまゆママ
否定と感情の話、だんだんと分かってきました。
でも、誰かが自分のした事や話したことに怒ってきたとしたら、言葉や行動を起こしたのは自分であるから、自分が批判されている、否定されていると、普通は受け取るものではないでしょうか?
SNS上などで、ある部分だけを切り取られていたら、この人は私のこと分かってないし、そうじゃないんだよ〜と受け流せそうですが、面と向かって言われたら今の発言が良くなかったな、今の行動が良くなかったなと指摘、批判されたと受け取ると思うのですが…相手も治して欲しくて言っていると思うのですが…
そこが関与しないという話になるのですか?
「自分の感情に責任を持つ」というのは、出来事を受けて、そこから捉え方次第で、感情が生まれるのだから、自分の感情はコントロールしましょう、ということで合ってますか?- 12月28日
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はなたま
それが普通。そうですね…
以前「この世界の9割の人が、人や環境のせいにして被害者として生きている」とお伝えしましたね。
「これが普通である」と、この思考を採用しているからこそ、いつまでも人間関係の悩みが絶えないということです。
「人間関係の悩みを無くしたい」と思うのであればこの「普通」だとして採用している概念を変える必要があります。
そもそも、私たちが「普通」「当たり前」と捉えているものが、悩みを作り出す要因ですから。
また否定についてですが、
「その行動をしたり、言葉を発したのは自分であるから、自分が批判されている、否定されている」とのことですが、
自分が批判されたり、否定されたりしているわけではなく「その行動やその言葉に対しての批判や否定している」ということです。
また、もっと細かなところでいうと「批判」や「否定」も正しくはありません。
その批判や否定と捉えているものは、それをする人の中にある「こうすべきだ」「これが善で、これが悪」「これが正しく、これは間違っている」という本人の中に埋まっている思い込みを発表しているだけです。
SNSもリアルも同じことです。
誰もが他者に対しても、自分に対しても「この人は○○な人だ」という自分の中にある思い込み(概念)のフィルターを通して、他者や自分にレッテルを貼ります。
そうすることで無意識のうちに「○○な部分」にフォーカスを当ててその人を見るので、より強固に「○○の人だ」という思い込みを信じていきます。
そして、そのどれもが正しくありません。
なので「この人は私のこと分かってないし、そうじゃないんだよ〜」という反応は起きません。「あなたには私がそう見えるのね」というだけです。
なので、それが間違いでもありません。
その人にとってはそれが正しいのです。
どれも正しくもないし、間違ってもいないってどういうこと?と思うでしょうけど、結局はどの視点で見るかで違うということです。
絶対的に正しいというものは存在しません。
より噛み砕いて説明するとしたら、
よく「良い人だ」という言葉を聞くことがあると思います。
しかし、実際にはこの世界に「良い人」は存在しません。
「良い人だ」と言う人の中に「こうすることは良いこと」という思い込みが存在していて、それをしていると見える人に対して「良い人」というレッテルを貼っているだけ、です。
100人いれば、100通りの「良い」が存在していますので、また別の誰かからすると「悪い人」と捉えている人もいるということです。
たれまゆママさんを例とすると、
ポンコツ夫はが存在するのではなく、たれまゆママさんの中に「ポンコツとはこういうもの」という概念があり、夫さんの言動や行動がその概念に当てはまることをしているので「ポンコツ夫」として捉えている、ということです。
また「ポンコツ夫」とレッテルを貼ることで、無意識のうちに「ポンコツな部分」にフォーカスして見ているので、ポンコツな部分ばかりに意識が向く、ということが起こっています。
どうでしょう?もし理解し難ければ、遠慮せず、何度でも質問してくださいね。
また「相手の希望に関して、こちらがどう対応するか」ですよね💡
それは自分がどうしたいか、です。
私の場合ですと、相手との関係性にもよりますが、大切な人(家族や友人)の場合、その方の大切にしていることも大切にしたいと思うので、能力やその他の問題でできないことは素直にできない、と伝えますが、そうでなければ自分に無理のない範囲で希望に沿います。
また「自分の感情に責任を持つ」という抽象的で分かりづらい言葉を使ってしまい、申し訳ありません。
これは自分の感情をコントロールしましょうということではありません。
自分の感情は人のせいで起こるわけではなく、自分の捉え方によって起こってますよ!ということに気付いていただくために使いました。
感情の正しい扱い方は、無いものにしようとせず、ただそのままに感じれば良いだけです。
とってもシンプルです。
ただ、できるならネガティブな感情はなるべく感じたくはないですよね。
ネガティブな感情を感じなくするためには、自分の中にどんな思い込みがあり、自分に苦痛を与えているのか知り、手放していく作業が必要になります。
前回の例のように
Aさんが自分にはこういう思い込みがあるからイライラしたのね!と気づければ、Cさんのような思い込みに変えていくことは可能ですよね。
ネガティブな感情が湧いた度に「これはどうして(どのような思い込みが原因で)起こった?」と自分に聞いて、一つ一つそれを変換していく作業を行っていけば、また何か同じようなことがあった時にも「あぁーあれが反応してるのね」と俯瞰してみることもできますし、それを続けていくうちに自分の中のタブーが無くなっていくので、ネガティブな感情自体が起こりづらくなります。
多分初めは自分で見つけるのは難しいと思うので、何かネガティブな感情が湧いた時に、こちらでコメントいただければ、一緒に見ていくお手伝いをさせてもらいますよ。- 12月29日
たれまゆママ
はなたまさんのご家庭の話。
旦那さんがほぼ家庭のことをやってくださってるんですね!最高ですね♪
でも最初からではなく紆余曲折あったんですね、、お酒のこともしかり…。
初めからうまくいくことなんてないですよね💦
色々乗り越えて子宝にも恵まれて今につながってるんですね!素敵です✨
産後だから余計なんですかね…夫の出来なさ、不器用さが目につくのは…😞
はなたま
こちらこそお返事ありがとうございます😊
勝手ながら、たれまゆママさんは過去の私を見ているようで、幸せに生きてほしいという思いがより強いです。
微力ながら、そのための知恵をお貸しできたら幸いです。
たれまゆママさんにとって、これまでの思考では全く考えられないことや、受け入れがたい内容ばかりだと思います。
また顔も見えず、細かなニュアンスも伝わりづらい文章だけでのやり取りでは、冷淡に感じることもあるだろうと思います。
それでも、ご自分のためにしっかり向き合おうとされる姿勢、とても素晴らしいです。
またお気遣いいただき、ありがとうございます。
たれまゆママさんの発言に関して、私が気分を害することはないので、安心されてください。
その時々で思ったこと、感じたことをストレートに伝えていただいて全く問題ありません。
違うと思うことは違うと伝えてください。
否定もしていただいて大丈夫です。
「私」が否定されることはありません。
また「たれまゆママさん」が否定されることもありません。
否定される、とするならば、私やたれまゆママさんの「言葉」や「行動」だけです。
それももっと噛み砕けば、否定されているわけではなく、各々の主観的な感想を言っているだけです。
私も、たれまゆママさんも誰かに否定されることはありません。
自分のことを否定する存在がいるとしたら、それは自分だけです。
自分以外の誰も自分のことを否定する存在はいない、ということをどうか胸に留めておいていただければ…と思います。
ところで、
たれまゆママさん、
人の役に立たない自分では価値がない、と思っている節はありませんか?
夫さんが死んで何が困るか?
という問いは実はここに繋がるのですが、
たれまゆママさんは無意識だろうと思うのですが、夫さんの役に立つことで、自分の存在価値をそこに見出しているのではないか、と感じるのです。
たれまゆママ
お心遣いありがとうございます😣
とても専門的な回答で、具体的にしっくり噛み砕けているか分からないですが、何度も読み直してどういうことを言われているのか考えたいと思います😌
ご質問の、「人の役に立たない自分では価値がない」ですが、考えたことがあるのかいまいちピンと来ないです。深層心理的には思っているのでしょうか?そんな節がありますか?
役に立ちたい…ん〜。
あまり今は思っていないような感じがします。
昔、就職活動をしている時、社会貢献度の高い仕事がいい!みたいにモチベーション上げていた時期はありました😅
夫が死んでしまったら、今でも愛しているので気持ちの上でも悲しいし、生活の上でも生きていけないという感じですが、他の方は違うんでしょうか?
あと、前回の自分の気持ちに責任を持つ、というのは具体的にどういうことか伺いたいです。
はなたま
たれまゆママさんが、夫さんに対して過干渉にならざるおえない、何かしらの観念が、たれまゆママさんの中にあるのですが、
それが「人の役に立たないと価値がない」というものかな?
と一つの案として出てきたのですが、その言葉に対して何も感情が湧かないということは、それではないです。
幼少期〜夫さんと出会うまでの間に、身近な誰かのミスやうっかり等で、痛手(精神的なものでも肉体的なものでも何かしらのダメージ)を受けた経験はありますか?
パートナーが亡くなって、悲しまない人も大勢いらっしゃいますよ。逆に喜ばれる方も。
また、例えば、夫のお世話をすることに生きる意味を見出している方でしたら、夫が亡くなることで生きるための理由が無くなり、生きる気力が無くなる方もいらっしゃいます。
たれまゆママ
夫に過干渉にならざるを得ない何かですか…
夫の母親がとても過干渉で、何でも先回りしてやってしまうので自分でやる機会がなかったから、大人になって仕事でも任されたことにどう対処したらいいか分からなくて困っている、求めてないのに手を出してくるので友人にはマザコンと言われて悲しかったと言ってました…関係ありますか?
一部ですが社会人になって一人暮らししている時も寝坊したら大変だから毎日義母に電話で起こしてもらってて、結婚後に夫と義母に頼むねと言われました。
幼少期〜夫に出会うまでの受けたダメージですが、こちらも思い当たることはなくピンと来ないです。
自分のミスでケガや事故はあって入院した経験があります。
私自身、気になるのは、私の親が昭和の古典的な考えでしつけも厳しく、特に母親が否定的で、今で言う毒親だと思っているのですが、関係ありますか?
夫との存在意義ですが、夫と一緒にいることで、私が私らしくいられるからと言う方が感覚としては近いです。お世話するから価値を感じるとあうのはあまりピンときません。むしろ本心はお世話したくないです。
はなたま
子どもが5人中次々とインフルエンザにかかってしまい、少しお返事に時間がかかります💦
また手が空きましたら順次お返事させていただきますので、しばらくお待ちください🙏
インフルエンザが全国的に流行してますので、たれまゆママさんもどうか気をつけてお過ごしくださいね、
元気に新年を迎えられますように
たれまゆママ
インフル、それは大変ですね💦
こちらは大丈夫です。
また、お時間のある時にでもお願いします♪